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	<title>鉄道とパノラマの旅</title>
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	<description>鉄道風景を360°パノラマ映像と走行音で記録</description>
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		<title>はんわライナー 381系 天王寺駅</title>
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		<pubDate>Tue, 27 Jul 2010 09:21:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s.sakai</dc:creator>
				<category><![CDATA[Panorama]]></category>
		<category><![CDATA[西日本エリア]]></category>

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		<description><![CDATA[夕方のラッシュアワーで混み合う天王寺駅。和歌山行きのホームライナー「はんわライナー」は日根野電車区の381系、主に国鉄色の編成が運用に就いている。写真はC603編成。 Flash Panorama + 381系走行音 (1:21) ↑ 阪和線を走るホームライナー「はんわライナー」は、以前撮影した特急「やくも」と同じ381系。振り子式車両特有の裾が絞り込まれた車体構造、重心を下げるために重量物は床下に搭載され屋根上はすっきりしている。 プラットホーム先端方向にも381系のテールランプが小さく光って見えるが、これは「はんわライナー」1号(撮影日はC603編成)の後に入線する3号(C604編成)の編成。撮影しながら見回せば、5番線を発車していく青い103系、柱の陰の3番線にも青い電車がちらり。まだたくさんの国鉄型車両が行き交う天王寺駅は、どこか懐かしい雰囲気。 1号を撮影したので、3号に乗って和歌山まで行ってみた。久々の381系。ふと、自然振り子式の381系独特の乗り心地(揺れ)で酔いは回るものなのか、試してみようとビールを買って乗り込んだ。呑みたい一心なら、どんなことでも思いつくものだ…あはは。和歌山までおよそ1時間、果たして阪和線内は大した曲線もなく、乗り足りなさよりも呑み足りなさが心残りの381系の旅となってしまった…(笑) (2009年10月撮影)]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>夕方のラッシュアワーで混み合う天王寺駅。和歌山行きのホームライナー「はんわライナー」は日根野電車区の381系、主に国鉄色の編成が運用に就いている。写真はC603編成。<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/10-hanwaliner-381-tennoji.html" class="img600"><img title="Panorama+Sound" src="http://www.ss360.net/images/2009/10-hanwaliner-381-tennoji" alt="はんわライナー" width="600" height="200" /></a></p>
<p><a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/10-hanwaliner-381-tennoji.html"><strong>Flash Panorama + 381系走行音 (1:21) ↑</strong></a><br />
阪和線を走るホームライナー「はんわライナー」は、以前撮影した<a href="http://www.ss360.net/2010/07/yakumo-381-okayama/" title="特急 やくも 381系 岡山駅">特急「やくも」</a>と同じ381系。振り子式車両特有の裾が絞り込まれた車体構造、重心を下げるために重量物は床下に搭載され屋根上はすっきりしている。<br />
プラットホーム先端方向にも381系のテールランプが小さく光って見えるが、これは「はんわライナー」1号(撮影日はC603編成)の後に入線する3号(C604編成)の編成。撮影しながら見回せば、5番線を発車していく青い103系、柱の陰の3番線にも青い電車がちらり。まだたくさんの国鉄型車両が行き交う天王寺駅は、どこか懐かしい雰囲気。</p>
<p>1号を撮影したので、3号に乗って和歌山まで行ってみた。久々の381系。ふと、自然振り子式の381系独特の乗り心地(揺れ)で酔いは回るものなのか、試してみようとビールを買って乗り込んだ。呑みたい一心なら、どんなことでも思いつくものだ…あはは。和歌山までおよそ1時間、果たして阪和線内は大した曲線もなく、乗り足りなさよりも呑み足りなさが心残りの<a href="http://www.flickr.com/photos/ss360/4833786960/" title="Flickr">381系の旅</a>となってしまった…(笑)<br />
(2009年10月撮影)</p>
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		<title>特急 きりしま 鹿児島中央駅</title>
		<link>http://www.ss360.net/2010/07/kirishima-485/</link>
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		<pubDate>Fri, 16 Jul 2010 13:15:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s.sakai</dc:creator>
				<category><![CDATA[Panorama]]></category>
		<category><![CDATA[九州エリア]]></category>

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		<description><![CDATA[鹿児島中央駅〜宮崎駅間を走る特急「きりしま」。派手なカラーリングに短い3両編成の485系、ここ南九州エリアが九州各地を走ってきた485系最後の活躍の地でもある。 Flash Panorama + 485系走行音 (0:58) ↑ パノラマ撮影した「きりしま」90号は途中の国分駅止まりの短距離特急列車も時刻表を見れば全10駅中、通過駅が2駅だけと云うまさかの各駅停車状態であった…。果たしてヘッドマークが確信犯的(?)に「ホームライナー」表示なのかは知らないけれど…(笑 前回、鹿児島中央駅で下車したのは九州新幹線が部分開業する前のことで、まだ西鹿児島駅だった頃。新幹線開通後の様子は写真などで見知っていても、やはり実際に降り立って商業施設や観覧車がデカデカあると、その変わり様に驚いてしまうのだった。新幹線の駅だと特に、よく見るチェーン店が立ち並び、駅前が全国ありふれた風景に見えてしまうのは「はるばる来たぜ〇〇」感が半減するようで、それが旅する者には悲しかったりする。 2011年3月には九州新幹線が全線開通するので、485系も他の国鉄形車両も姿を消してゆくのだろう。さて、次回の訪問時にはどんな駅風景になっているのやら。またしても浦島太郎的気分を味わうことになりそうで…ちょっとこわい。 (2008年12月撮影)]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>鹿児島中央駅〜宮崎駅間を走る特急「きりしま」。派手なカラーリングに短い3両編成の485系、ここ南九州エリアが九州各地を走ってきた485系最後の活躍の地でもある。<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2008/12-kirishima-485.html" class="img600"><img title="Panorama+Sound" src="http://www.ss360.net/images/2008/12-kirishima-485.jpg" alt="きりしま" width="600" height="200" /></a></p>
<p><a href="http://www.ss360.net/panorama/2008/12-kirishima-485.html"><strong>Flash Panorama + 485系走行音 (0:58) ↑</strong></a><br />
パノラマ撮影した「きりしま」90号は途中の国分駅止まりの短距離特急列車も時刻表を見れば全10駅中、通過駅が2駅だけと云うまさかの各駅停車状態であった…。果たしてヘッドマークが確信犯的(?)に「ホームライナー」表示なのかは知らないけれど…(笑</p>
<p>前回、鹿児島中央駅で下車したのは九州新幹線が部分開業する前のことで、まだ西鹿児島駅だった頃。新幹線開通後の様子は写真などで見知っていても、やはり実際に降り立って商業施設や観覧車がデカデカあると、その変わり様に驚いてしまうのだった。新幹線の駅だと特に、よく見るチェーン店が立ち並び、駅前が全国ありふれた風景に見えてしまうのは「はるばる来たぜ〇〇」感が半減するようで、それが旅する者には悲しかったりする。<br />
2011年3月には<a href="http://www.ss360.net/2009/10/tsubame-shinyatsushiro/" title="800系つばめ・787系リレーつばめ 新八代駅">九州新幹線が全線開通</a>するので、485系も他の国鉄形車両も姿を消してゆくのだろう。さて、次回の訪問時にはどんな駅風景になっているのやら。またしても浦島太郎的気分を味わうことになりそうで…ちょっとこわい。<br />
(2008年12月撮影)</p>
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		<title>特急 やくも 381系 岡山駅</title>
		<link>http://www.ss360.net/2010/07/yakumo-381-okayama/</link>
		<comments>http://www.ss360.net/2010/07/yakumo-381-okayama/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 08 Jul 2010 13:53:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s.sakai</dc:creator>
				<category><![CDATA[Panorama]]></category>
		<category><![CDATA[西日本エリア]]></category>

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		<description><![CDATA[岡山駅を発車する特急「やくも」5号、山陽本線倉敷駅から伯備線を経由して山陰本線出雲市駅まで約3時間。車両は振り子式の381系で内外装をリニューアルした「ゆったりやくも」(愛称)編成。 Flash Panorama + 381系走行音 (1:49) ↑ 中国山地を越えて陰陽を連絡する伯備線は急カーブも多く、1982年の伯備線全線電化以降、「やくも」は振り子式車両の381系が使用されている。出雲市方の先頭車両が展望席になっているパノラマグリーン車(クロ380形)が連結される列車もある。381系の乗り心地は、近年登場した制御付きの振り子式車両よりもワンテンポ遅れて急にコロっとカーブの内側に車体が傾く感覚で、個人的に普段は乗れない珍しさもあって嫌いじゃないのだけれど、苦手な人も居るよう(で、381系の洗面所には例の袋が置いてあったりするのだ)。 収録した環境音は「やくも」発車前に隣の115系回送列車が動き出した…。どちらもリニューアルされた車両とはいえ、音はどっしり重い国鉄型だった。ちなみに、この旅の時は「やくも」には乗らずに広島、美祢線とずいぶん遠回りをして出雲市へ辿り着いたのだった…。 (2009年10月撮影)]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>岡山駅を発車する特急「やくも」5号、山陽本線倉敷駅から伯備線を経由して山陰本線出雲市駅まで約3時間。車両は振り子式の381系で内外装をリニューアルした「ゆったりやくも」(愛称)編成。<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/10-yakumo-381-okayama.html" class="img600"><img title="Panorama+Sound" src="http://www.ss360.net/images/2009/10-yakumo-381-okayama.jpg" alt="やくも" width="600" height="200" /></a></p>
<p><a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/10-yakumo-381-okayama.html"><strong>Flash Panorama + 381系走行音 (1:49) ↑</strong></a><br />
中国山地を越えて陰陽を連絡する伯備線は急カーブも多く、1982年の伯備線全線電化以降、「やくも」は振り子式車両の381系が使用されている。出雲市方の先頭車両が展望席になっているパノラマグリーン車(クロ380形)が連結される列車もある。381系の乗り心地は、近年登場した制御付きの振り子式車両よりもワンテンポ遅れて急にコロっとカーブの内側に車体が傾く感覚で、個人的に普段は乗れない珍しさもあって嫌いじゃないのだけれど、苦手な人も居るよう(で、381系の洗面所には例の<a href="http://www.flickr.com/photos/ss360/4237532036/" title="Flickr">袋</a>が置いてあったりするのだ)。</p>
<p>収録した環境音は「やくも」発車前に隣の115系回送列車が動き出した…。どちらもリニューアルされた車両とはいえ、音はどっしり重い国鉄型だった。ちなみに、この旅の時は「やくも」には乗らずに<a href="http://www.ss360.net/2009/11/hiroshima/" title="広島電鉄 原爆ドーム前〜本川町">広島</a>、<a href="http://www.ss360.net/2010/01/mine-dd51-shigeyasu/" title="美祢線 重安駅 石灰石専用貨物列車">美祢線</a>とずいぶん遠回りをして出雲市へ辿り着いたのだった…。<br />
(2009年10月撮影)</p>
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		<title>寝台特急 富士・はやぶさ 門司駅 (3)</title>
		<link>http://www.ss360.net/2010/06/fuji-hayabusa-moji-3/</link>
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		<pubDate>Thu, 10 Jun 2010 15:44:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s.sakai</dc:creator>
				<category><![CDATA[Panorama]]></category>
		<category><![CDATA[九州エリア]]></category>
		<category><![CDATA[夜行列車]]></category>

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		<description><![CDATA[雨の門司駅を出発する寝台特急「富士・はやぶさ」。東京〜九州を結んでいた最後のブルートレインは2009年3月14日のダイヤ改正で廃止された。2008年12月撮影。 Flash Panorama + 出発時の走行音 (3:09) ↑ 18時46分、熊本発の「はやぶさ」が隣の6番線に先着。続いて18時58分、5番線に到着した大分発の「富士」と連結し、19時15分に門司駅を発車していた。上り列車は前(東京)寄り6両が「はやぶさ」、後ろ6両が「富士」だった。撮影当日の編成は、関門トンネル用の機関車EF81 410の後ろにスハネフ14-3が連結されていた。1971年に14系の先行試作車として製造されたうちの1両である。 ブルートレイン全盛期は知らないが、12両の客車がゆっくりと発車していく風景も今となっては良き音の思い出である。14系の分散電源方式も雨のプラットホームで聴いていると心地よいアクセントだった。 それにしても雨の中のレコーディングは悩ましい。傘は差せないし、スハネフ14の前では床下の電源用エンジン音ですべてかき消されてしまうし…、結局、プラットホーム先端にあった詰所の軒下で録音することにした。マイクとレコーダーが濡れないように苦心して手持ちするも、ついには軒からの雨粒(数滴)がウィンドジャマーを直撃…。どうかご勘弁を。 列車を見送った後は門司港駅へ、もう雨など構わずワシワシ外へ出たから良いパノラマが撮れた。 (2008年12月撮影)]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>雨の門司駅を出発する寝台特急「富士・はやぶさ」。東京〜九州を結んでいた最後のブルートレインは2009年3月14日のダイヤ改正で廃止された。2008年12月撮影。<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2008/12-fuji-hayabusa-moji-2.html" class="img600"><img title="Panorama+Sound" src="http://www.ss360.net/images/2008/12-fuji-hayabusa-moji-2.jpg" alt="富士・はやぶさ" width="600" height="200" /></a></p>
<p><a href="http://www.ss360.net/panorama/2008/12-fuji-hayabusa-moji-2.html"><strong>Flash Panorama + 出発時の走行音 (3:09) ↑</strong></a><br />
18時46分、熊本発の「はやぶさ」が隣の6番線に先着。続いて18時58分、5番線に到着した大分発の「富士」と連結し、19時15分に門司駅を発車していた。上り列車は前(東京)寄り6両が「はやぶさ」、後ろ6両が「富士」だった。撮影当日の編成は、関門トンネル用の機関車EF81 410の後ろにスハネフ14-3が連結されていた。1971年に14系の先行試作車として製造されたうちの1両である。</p>
<p>ブルートレイン全盛期は知らないが、12両の客車がゆっくりと発車していく風景も今となっては良き音の思い出である。14系の分散電源方式も雨のプラットホームで聴いていると心地よいアクセントだった。<br />
それにしても雨の中のレコーディングは悩ましい。傘は差せないし、スハネフ14の前では床下の電源用エンジン音ですべてかき消されてしまうし…、結局、プラットホーム先端にあった詰所の軒下で録音することにした。マイクとレコーダーが濡れないように苦心して手持ちするも、ついには軒からの雨粒(数滴)がウィンドジャマーを直撃…。どうかご勘弁を。<br />
列車を見送った後は<a href="http://www.ss360.net/2009/02/mojiko/" title="鹿児島本線 門司港駅">門司港駅</a>へ、もう雨など構わずワシワシ外へ出たから良いパノラマが撮れた。<br />
(2008年12月撮影)</p>
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		<title>ムーンライトながら 豊橋駅</title>
		<link>http://www.ss360.net/2010/05/nagara-toyohashi/</link>
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		<pubDate>Fri, 14 May 2010 19:32:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s.sakai</dc:creator>
				<category><![CDATA[Panorama]]></category>
		<category><![CDATA[東海エリア]]></category>
		<category><![CDATA[夜行列車]]></category>

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		<description><![CDATA[定期列車で走っていた頃の「ムーンライトながら」。まだ月明かりの4時過ぎに豊橋駅で50分超の長時間停車。乗客たちは夢の中、静まり返ったプラットホーム。2009年1月撮影。 クリックすると360度パノラマが表示されます ↑ 現在、東京〜大垣間を結ぶ「ムーンライトながら」は臨時列車で、下り列車は豊橋駅が通過駅になってしまった。定期列車時代の使用車両はJR東海373系で長良川の鵜飼いのヘッドマークが付いていた。かつて「大垣夜行」と呼ばれた列車が1996年3月のダイヤ改正で「ムーンライトながら」となり、それまで単に「ムーンライト」だった新宿〜村上(当時)を結ぶ夜行列車が「ムーンライトえちご」を名乗るようになった。そして2009年3月14日のダイヤ改正で「ながら」も「えちご」も同時に臨時列車化された。 そんな「ムーンライトながら」の前身である「大垣夜行」に初めて乗ったのは、前回の記事にも書いた近所のお兄さんに連れて行ってもらった、1988年8月の夏休みのこと。混み合う自由席に座るため、ずい分と早い時間から東京駅に並んだのを覚えている。次々と発車していくブルートレイン、臨時の寝台特急「あさかぜ」はまだ20系客車が使われていて、車内を覗いては遙か旅路に想いを馳せたっけ。 大垣夜行の165系は向かい合わせのボックスシートだったけれど、確か戸袋窓がある車端部だけ2人掛けになっていて、お兄さんはそこの窓側に座らせてくれた。途中、深夜の静岡駅では駅弁が売っていて、それは東海軒の「幕の内弁当」だったと思う。それとプラスチック容器に入ったお茶を1本買って駅弁は半分ずつ食べた。もちろんそんな時間まで起きていたこともなかったし、ましてや何かを食べるなんて初めてのことで、とびきり美味しかったな。で、やっぱり食べ物の記憶のほうが鮮明だ。 中学、高校と、ひとり旅をするようになってからも、西日本方面へ出かけた際は、旅の始まりは大垣夜行がほとんどだった。学生の頃には「ムーンライト」になっていたけれど、多客期にはもう一本走っていた臨時列車とともに変わらず利用して、そのまま乗り継いで四国や山陰地方を経巡ったり、九州は鹿児島まで行ったりした。こんなことができたのも若さだったんだなぁ、とつくづく思ったりするのは、もう若くないからだろうか…。実に悩ましい問題である (笑) その後、しばらくは乗る機会がなくて、久しぶりに乗った「ムーンライトながら」。途中まで隣人が居らずのんびり呑み続けていたのだが、沼津から静岡までとても派手な格好のお姉さんが隣席に。列車は全車指定席だけど慣れたように車掌さんから指定券を買う様子は、普段からそうやって乗っていたのかも知れない。いろんな人が居ていろんな人生を歩んでる、と書けば大袈裟だけど、そうした縮図のようなものが垣間見れた夜行普通列車。それも毎日走っていたからこその光景だったのだと思う。そんな「ムーンライトながら」も臨時列車となってしまった今、大垣夜行の記憶はいよいよ遠くなる。またひとつ思い出の列車が増えてしまった気がする今日この頃なのだ。 (2009年1月撮影)]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>定期列車で走っていた頃の「ムーンライトながら」。まだ月明かりの4時過ぎに豊橋駅で50分超の長時間停車。乗客たちは夢の中、静まり返ったプラットホーム。2009年1月撮影。<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/01-nagara-toyohashi.html" class="img600"><img title="Panorama" src="http://www.ss360.net/images/2009/01-nagara-toyohashi.jpg" alt="373系ムーンライトながら" width="600" height="200" /></a></p>
<p><a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/01-nagara-toyohashi.html"><strong>クリックすると360度パノラマが表示されます ↑</strong></a><br />
現在、東京〜大垣間を結ぶ「ムーンライトながら」は臨時列車で、下り列車は豊橋駅が通過駅になってしまった。定期列車時代の使用車両はJR東海373系で長良川の鵜飼いのヘッドマークが付いていた。かつて「大垣夜行」と呼ばれた列車が1996年3月のダイヤ改正で「ムーンライトながら」となり、それまで単に「ムーンライト」だった新宿〜村上(当時)を結ぶ夜行列車が「<a href="http://www.ss360.net/2009/02/moonlight-echigo-niigata/">ムーンライトえちご</a>」を名乗るようになった。そして2009年3月14日のダイヤ改正で「ながら」も「えちご」も同時に臨時列車化された。</p>
<p>そんな「ムーンライトながら」の前身である「大垣夜行」に初めて乗ったのは、<a href="http://www.ss360.net/2010/05/ef55/">前回の記事</a>にも書いた近所のお兄さんに連れて行ってもらった、1988年8月の夏休みのこと。混み合う自由席に座るため、ずい分と早い時間から東京駅に並んだのを覚えている。次々と発車していくブルートレイン、臨時の寝台特急「あさかぜ」はまだ20系客車が使われていて、車内を覗いては遙か旅路に想いを馳せたっけ。<br />
大垣夜行の165系は向かい合わせのボックスシートだったけれど、確か戸袋窓がある車端部だけ2人掛けになっていて、お兄さんはそこの窓側に座らせてくれた。途中、深夜の静岡駅では駅弁が売っていて、それは東海軒の「<a href="http://www.flickr.com/photos/ss360/4021470633/">幕の内弁当</a>」だったと思う。それとプラスチック容器に入ったお茶を1本買って駅弁は半分ずつ食べた。もちろんそんな時間まで起きていたこともなかったし、ましてや何かを食べるなんて初めてのことで、とびきり美味しかったな。で、やっぱり食べ物の記憶のほうが鮮明だ。<br />
中学、高校と、ひとり旅をするようになってからも、西日本方面へ出かけた際は、旅の始まりは大垣夜行がほとんどだった。学生の頃には「ムーンライト」になっていたけれど、多客期にはもう一本走っていた臨時列車とともに変わらず利用して、そのまま乗り継いで四国や山陰地方を経巡ったり、九州は鹿児島まで行ったりした。こんなことができたのも若さだったんだなぁ、とつくづく思ったりするのは、もう若くないからだろうか…。実に悩ましい問題である (笑)</p>
<p>その後、しばらくは乗る機会がなくて、久しぶりに乗った「ムーンライトながら」。途中まで隣人が居らずのんびり<a href="http://www.flickr.com/photos/ss360/4607157908/">呑み</a>続けていたのだが、沼津から静岡までとても派手な格好のお姉さんが隣席に。列車は全車指定席だけど慣れたように車掌さんから指定券を買う様子は、普段からそうやって乗っていたのかも知れない。いろんな人が居ていろんな人生を歩んでる、と書けば大袈裟だけど、そうした縮図のようなものが垣間見れた夜行普通列車。それも毎日走っていたからこその光景だったのだと思う。そんな「ムーンライトながら」も臨時列車となってしまった今、大垣夜行の記憶はいよいよ遠くなる。またひとつ思い出の列車が増えてしまった気がする今日この頃なのだ。<br />
(2009年1月撮影)</p>
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		<title>EF55 1号機 さよならEF55みなかみ号</title>
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		<pubDate>Wed, 05 May 2010 09:43:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s.sakai</dc:creator>
				<category><![CDATA[Panorama]]></category>
		<category><![CDATA[東日本エリア]]></category>
		<category><![CDATA[上越線]]></category>

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		<description><![CDATA[2008年12月に運転された「さよならEF55みなかみ号」。ターンテーブルで方向転換した後、構内で小休止するEF55 1号機。小雪舞う旧水上機関区の360度パノラマ風景。 クリックすると360度パノラマが表示されます ↑ 1936年に製造されたEF55形電気機関車。当時、流行していた流線形デザインも、その空力的効果は少なく保守に手間どる構造や電気機関車にも関わらず転車台で方向転換が必要となる不便さもあって3両が製造されただけだった。 EF55 1号機の車体には戦時中に機銃掃射を受けた弾痕が残っていることや、廃車となり静態保存された後に、高崎第二機関区の有志の手によって整備されたことなどを知ると、どこまでも優しくなんだかユルく見える独特のデザインだけでなくこの機関車の存在価値が増していった。引退後の詳細は知らないが鉄道博物館などで保存された後も、いつかまた本線上でEF55と会えることを願っている。本線を走ってこそこの機関車の歴史的価値も継承できると思っているから。 そんなEF55に僕が初めて会ったのはJR1周年だった1988年4月の頃。近所のお兄さんが大宮駅まで連れて行ってくれた。これが最初に撮りに出かけた鉄道写真でもある。今だったら大変な騒ぎになるだろう列車も、駅員さんがわざわざ奥まで時刻を調べてきて僕らに教えてくれたのを覚えている。古き良き時代だったと云うのかもしれない。ちなみに「立ち食いそば」を食べたのもこの時が初めてのことで、かけそば(食べたのはうどん)一杯が180円だったのもなぜか覚えている。古き良き時代だったと云うのかもしれない(笑) その後、2006年に神田の交通博物館が閉館する前、旧万世橋駅に展示されたEF55を久しぶりに見に行った。その頃はちょうどパノラマ撮影を始めた頃で大したパノラマは撮れなかったけど。帰り際に万世橋から眺めた、ライトアップされたEF55も美しかった。何度も見たり撮ったりしたわけじゃないけれど、そう、EF55は思い出の機関車なのだ。 (2008年12月撮影)]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2008年12月に運転された「さよならEF55みなかみ号」。ターンテーブルで方向転換した後、構内で小休止するEF55 1号機。小雪舞う旧水上機関区の360度パノラマ風景。<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2008/12-ef55.html" class="img600"><img title="Panorama" src="http://www.ss360.net/images/2008/12-ef55.jpg" alt="EF55" width="600" height="200" /></a></p>
<p><a href="http://www.ss360.net/panorama/2008/12-ef55.html"><strong>クリックすると360度パノラマが表示されます ↑</strong></a><br />
1936年に製造されたEF55形電気機関車。当時、流行していた流線形デザインも、その空力的効果は少なく保守に手間どる構造や電気機関車にも関わらず転車台で方向転換が必要となる不便さもあって3両が製造されただけだった。<br />
EF55 1号機の車体には戦時中に機銃掃射を受けた弾痕が残っていることや、廃車となり静態保存された後に、高崎第二機関区の有志の手によって整備されたことなどを知ると、どこまでも優しくなんだかユルく見える独特のデザインだけでなくこの機関車の存在価値が増していった。引退後の詳細は知らないが鉄道博物館などで保存された後も、いつかまた本線上でEF55と会えることを願っている。本線を走ってこそこの機関車の歴史的価値も継承できると思っているから。</p>
<p>そんなEF55に僕が初めて会ったのはJR1周年だった1988年4月の頃。近所のお兄さんが大宮駅まで連れて行ってくれた。これが最初に撮りに出かけた鉄道写真でもある。今だったら大変な騒ぎになるだろう列車も、駅員さんがわざわざ奥まで時刻を調べてきて僕らに教えてくれたのを覚えている。古き良き時代だったと云うのかもしれない。ちなみに「立ち食いそば」を食べたのもこの時が初めてのことで、かけそば(食べたのはうどん)一杯が180円だったのもなぜか覚えている。古き良き時代だったと云うのかもしれない(笑)<br />
その後、2006年に神田の交通博物館が閉館する前、旧万世橋駅に展示されたEF55を久しぶりに見に行った。その頃はちょうどパノラマ撮影を始めた頃で大したパノラマは撮れなかったけど。帰り際に万世橋から眺めた、ライトアップされたEF55も美しかった。何度も見たり撮ったりしたわけじゃないけれど、そう、EF55は思い出の機関車なのだ。<br />
(2008年12月撮影)</p>
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		</item>
		<item>
		<title>寝台特急 富士 大分駅</title>
		<link>http://www.ss360.net/2010/04/fuji-oita/</link>
		<comments>http://www.ss360.net/2010/04/fuji-oita/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 17 Apr 2010 08:51:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s.sakai</dc:creator>
				<category><![CDATA[Panorama]]></category>
		<category><![CDATA[九州エリア]]></category>
		<category><![CDATA[夜行列車]]></category>

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		<description><![CDATA[大分駅を出発する東京行きの寝台特急「富士」。2008年12月に記録したパノラマ風景と環境音。大分〜東京間を走っていた寝台特急は2009年3月14日のダイヤ改正で廃止された。 Flash Panorama + ED76走行音 (2:19) ↑ 3番線に入線してきた寝台特急「富士」は、隣のホームで輝く883系、特急「ソニック」よりも短い14系寝台客車6両編成で、それが九州発着最後のブルートレインの姿であった。2005年3月以降(長崎〜東京の寝台特急「さくら」廃止後)は単独運転ではなく、途中の門司駅で熊本発の寝台特急「はやぶさ」と併結して東京まで走っていた。 この日、門司までの牽引機はED76 69号機で、その前面に「富士」のヘッドマーク。どこから見ても一目で富士山と分かるデザインは秀逸だったと思う。「富士」と云う愛称名はいずれ復活するかも知れないが、それは「さくら」同様、かつての寝台特急とは全く違った列車になるのだろう。 訪れた時、大分駅は高架化工事の真っ只中。こうして駅の風景も列車も変わってゆくのか…、とちょっとセンチメンタルな気分で列車を見送るには、その6両編成があまりに短く「富士」号はあっという間に駅を離れて行ってしまった。九州大分は曇り空だったけれど翌朝、車内から富士山は見えただろうか。 (2008年12月撮影)]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>大分駅を出発する東京行きの寝台特急「富士」。2008年12月に記録したパノラマ風景と環境音。大分〜東京間を走っていた寝台特急は2009年3月14日のダイヤ改正で廃止された。<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2008/12-fuji-oita.html" class="img600"><img title="Panorama+Sound" src="http://www.ss360.net/images/2008/12-fuji-oita.jpg" alt="寝台特急富士" width="600" height="200" /></a></p>
<p><a href="http://www.ss360.net/panorama/2008/12-fuji-oita.html"><strong>Flash Panorama + ED76走行音 (2:19) ↑</strong></a><br />
3番線に入線してきた寝台特急「富士」は、隣のホームで輝く883系、特急「ソニック」よりも短い14系寝台客車6両編成で、それが九州発着最後のブルートレインの姿であった。2005年3月以降(長崎〜東京の寝台特急「さくら」廃止後)は単独運転ではなく、途中の門司駅で熊本発の寝台特急「はやぶさ」と併結して東京まで走っていた。</p>
<p>この日、門司までの牽引機はED76 69号機で、その前面に「富士」のヘッドマーク。どこから見ても一目で富士山と分かるデザインは秀逸だったと思う。「富士」と云う愛称名はいずれ復活するかも知れないが、それは「さくら」同様、かつての寝台特急とは全く違った列車になるのだろう。<br />
訪れた時、大分駅は高架化工事の真っ只中。こうして駅の風景も列車も変わってゆくのか…、とちょっとセンチメンタルな気分で列車を見送るには、その6両編成があまりに短く「富士」号はあっという間に駅を離れて行ってしまった。九州大分は曇り空だったけれど翌朝、車内から富士山は見えただろうか。<br />
(2008年12月撮影)</p>
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		</item>
		<item>
		<title>急行 能登 489系 上野駅</title>
		<link>http://www.ss360.net/2010/04/noto-489-ueno/</link>
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		<pubDate>Tue, 13 Apr 2010 08:51:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s.sakai</dc:creator>
				<category><![CDATA[Panorama]]></category>
		<category><![CDATA[東日本エリア]]></category>
		<category><![CDATA[夜行列車]]></category>

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		<description><![CDATA[上野駅16番線に入線した急行「能登」。上野23:33発の夜行列車最終ランナーは臨時列車化されボンネットは姿を消した。ボンネットが居た頃のパノラマ風景と環境音。 Flash Panorama + 489系入線時の環境音 (2:15) ↑ 平日は「ホームライナー鴻巣3号・古河3号」の運用後に急行「能登」で金沢へ向けて走っていたボンネット。そのため上野駅入線後には車内の清掃とホームライナーのヘッドマーク取り外し作業があった。この日の運用は489系H02編成(クハ489-3)で、なぜか「能登」に乗るときはこのH02編成に当たることが多かった気がする。尤も全3編成なので3分の1の確率なだけだけど。 ボンネット最後の定期運用だった「能登」は、JR西日本 金沢総合車両所の489系H01〜03編成。前寄り(長岡方)9〜5号車が自由席で、6号車には半室ほどのラウンジスペースがあり、4号車がグリーン車、3〜1号車が指定席だった。9号車の自由席に並ぶ大きな荷物の乗客は北陸方面、スーツ姿の乗客は高崎までだろうか。ここ数年で乗った限り、満席になったことはなく自由席は高崎までのホームライナー的利用がほとんどで、高崎を過ぎると自由席・指定席ともにかなり寂しい状態で走り続けることも少なくなかった。ま、それはそれで一杯呑むには好都合でもあったのだが… (笑) 思えば高校・学生時代も「能登」に乗って北陸方面を経巡っていたから、このボンネット「能登」が僕にとって一番利用しやすく数多く乗った数少ない急行列車でもあったことになる。不定期運行となってしまった「能登」にあと何度か乗れる機会はあるだろうか。 (2009年9月撮影) Flickr に能登と489系ボンネットの写真少々。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>上野駅16番線に入線した急行「能登」。上野23:33発の夜行列車最終ランナーは臨時列車化されボンネットは姿を消した。ボンネットが居た頃のパノラマ風景と環境音。<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/09-noto-489-ueno.html" class="img600"><img title="Panorama+Sound" src="http://www.ss360.net/images/2009/09-noto-489-ueno.jpg" alt="489系急行能登" width="600" height="200" /></a></p>
<p><a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/09-noto-489-ueno.html"><strong>Flash Panorama + 489系入線時の環境音 (2:15) ↑</strong></a><br />
平日は「<a href="http://www.ss360.net/2010/02/homeliner-489-ueno-2/" title="ホームライナー鴻巣3号 489系 上野駅">ホームライナー鴻巣3号</a>・古河3号」の運用後に急行「能登」で金沢へ向けて走っていたボンネット。そのため上野駅入線後には車内の清掃とホームライナーのヘッドマーク<a href="http://www.flickr.com/photos/ss360/4004438386/">取り外し作業</a>があった。この日の運用は489系H02編成(クハ489-3)で、なぜか「能登」に乗るときはこのH02編成に当たることが多かった気がする。尤も全3編成なので3分の1の確率なだけだけど。</p>
<p>ボンネット最後の定期運用だった「能登」は、JR西日本 金沢総合車両所の489系H01〜03編成。前寄り(長岡方)9〜5号車が自由席で、6号車には半室ほどの<a href="http://www.flickr.com/photos/ss360/4426378521/">ラウンジ</a>スペースがあり、4号車がグリーン車、3〜1号車が指定席だった。9号車の自由席に並ぶ大きな荷物の乗客は北陸方面、スーツ姿の乗客は高崎までだろうか。ここ数年で乗った限り、満席になったことはなく自由席は高崎までのホームライナー的利用がほとんどで、高崎を過ぎると自由席・指定席ともにかなり<a href="http://www.flickr.com/photos/ss360/4004438634/">寂しい状態</a>で走り続けることも少なくなかった。ま、それはそれで一杯<a href="http://www.flickr.com/photos/ss360/4427139246/">呑む</a>には好都合でもあったのだが… (笑)<br />
思えば高校・学生時代も「能登」に乗って北陸方面を経巡っていたから、このボンネット「能登」が僕にとって一番利用しやすく数多く乗った数少ない急行列車でもあったことになる。不定期運行となってしまった「能登」にあと何度か乗れる機会はあるだろうか。<br />
(2009年9月撮影)</p>
<p><a href="http://www.flickr.com/photos/ss360/tags/489系/">Flickr</a> に能登と489系ボンネットの写真少々。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>境線 境港駅</title>
		<link>http://www.ss360.net/2010/04/sakaiminato/</link>
		<comments>http://www.ss360.net/2010/04/sakaiminato/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 09 Apr 2010 18:00:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s.sakai</dc:creator>
				<category><![CDATA[Panorama]]></category>
		<category><![CDATA[西日本エリア]]></category>

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		<description><![CDATA[鳥取県境港市は漫画家 水木しげる の出身地。JR西日本境線の終着駅、境港駅は鬼太郎駅の愛称名(妖怪名?)もつけられて、列車も駅も駅前もゲゲゲだらけであった。 クリックすると360度パノラマが表示されます ↑ 米子駅〜境港駅を結ぶ境線。米子から乗ったのは、目玉おやじ列車(キハ40 2095)・ねこ娘列車(キハ40 2094)であった。おやじの目玉とテールライトの組み合わせは誰もが納得してしまう描き方だろう。他にも鬼太郎列車(出会えず)、ねずみ男列車(下記パノラマ参照)がそれぞれのカラーに塗られて走っている。 境港へは小学生のとき訪れて以来。たしか大社線が廃線となる頃だったので1990年前後だろうか。その時見た鄙びた港町の印象からまったく新しく変わってしまったこの駅に、もう妖怪たちは棲んでは居ないだろう、などと考えながら駅前に降り立つと、いきなりねずみ男(おそらく着ぐるみ…)が現れて手を振ってきたので焦った。まだ観光客も少ない駅前で、大荷物の男ひとりに手を振らなきゃいけないねずみ男の胸中は如何ばかりかと察しながら手を振り返してみた…。この時は台風が過ぎ去る直前で風が強く雲はどんより重たかった。そんな天気よりも背中の子泣き爺、もとい荷物が重た過ぎて、妖怪たちのブロンズ像が並ぶ「水木しげるロード」も半ばに折り返したのだった…。(境港市観光協会ホームページ) ねずみ男列車はキハ40 2115 クリックすると360度パノラマが表示されます ↑ 駅前には素敵な酒蔵があって、店頭で試飲させてもらったり帰り用のお楽しみを買ったりして満足した。こりゃ鬼太郎にでも会えそうだゾー、とすっかりイイ気分になって駅に戻ると、またしてもねずみ男が居た…。そこでもう一枚パノラマを撮ってから境港を後にした。 (2009年10月撮影) Flickr にゲゲゲのスナップ写真少々。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>鳥取県境港市は漫画家 水木しげる の出身地。JR西日本境線の終着駅、境港駅は鬼太郎駅の愛称名(妖怪名?)もつけられて、列車も駅も駅前もゲゲゲだらけであった。<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/10-sakaiminato-1.html" class="img600"><img title="Panorama" src="http://www.ss360.net/images/2009/10-sakaiminato-1" alt="境港駅" width="600" height="200" /></a></p>
<p><a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/10-sakaiminato-1.html"><strong>クリックすると360度パノラマが表示されます ↑</strong></a><br />
米子駅〜境港駅を結ぶ境線。米子から乗ったのは、目玉おやじ列車(キハ40 2095)・ねこ娘列車(キハ40 2094)であった。おやじの目玉とテールライトの組み合わせは誰もが納得してしまう描き方だろう。他にも鬼太郎列車(出会えず)、ねずみ男列車(下記パノラマ参照)がそれぞれのカラーに塗られて走っている。</p>
<p>境港へは小学生のとき訪れて以来。たしか大社線が廃線となる頃だったので1990年前後だろうか。その時見た鄙びた港町の印象からまったく新しく変わってしまったこの駅に、もう妖怪たちは棲んでは居ないだろう、などと考えながら駅前に降り立つと、いきなりねずみ男(おそらく着ぐるみ…)が現れて手を振ってきたので焦った。まだ観光客も少ない駅前で、大荷物の男ひとりに手を振らなきゃいけないねずみ男の胸中は如何ばかりかと察しながら手を振り返してみた…。この時は台風が過ぎ去る直前で風が強く雲はどんより重たかった。そんな天気よりも背中の子泣き爺、もとい荷物が重た過ぎて、妖怪たちのブロンズ像が並ぶ「水木しげるロード」も半ばに折り返したのだった…。(<a href="http://www.sakaiminato.net/">境港市観光協会ホームページ</a>)</p>
<p>ねずみ男列車はキハ40 2115<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/10-sakaiminato-2.html" class="img600"><img title="Panorama" src="http://www.ss360.net/images/2009/10-sakaiminato-2" alt="境港駅前" width="600" height="200" /></a></p>
<p><a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/10-sakaiminato-2.html"><strong>クリックすると360度パノラマが表示されます ↑</strong></a><br />
駅前には素敵な<a href="http://www.chiyomusubi.co.jp/">酒蔵</a>があって、店頭で試飲させてもらったり帰り用のお楽しみを買ったりして満足した。こりゃ鬼太郎にでも会えそうだゾー、とすっかりイイ気分になって駅に戻ると、またしてもねずみ男が居た…。そこでもう一枚パノラマを撮ってから境港を後にした。<br />
(2009年10月撮影)</p>
<p><a href="http://www.flickr.com/photos/ss360/tags/境線/">Flickr</a> にゲゲゲのスナップ写真少々。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>寝台特急 北陸 上野駅 (1)</title>
		<link>http://www.ss360.net/2010/03/hokuriku-ueno-1/</link>
		<comments>http://www.ss360.net/2010/03/hokuriku-ueno-1/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 26 Mar 2010 12:10:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s.sakai</dc:creator>
				<category><![CDATA[Panorama]]></category>
		<category><![CDATA[東日本エリア]]></category>
		<category><![CDATA[夜行列車]]></category>

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		<description><![CDATA[2010年3月13日のダイヤ改正で廃止された上野〜金沢間の寝台特急「北陸」。上野駅13番線の360度パノラマ風景とEF64 1052の汽笛。(音量に注意してください) Flash Panorama + EF64走行音 (4:25) ↑ 上野(23:03発)〜金沢(6:26着)を運行していた寝台特急「北陸」。上野〜長岡間はEF64 1000番台、長岡〜金沢間はEF81が牽引機。14系寝台客車は短い8両でプラットホームを持て余し気味に停車していた。 23時を過ぎて人気のない上野駅13番線に発車ベルが長く鳴り響く。やがて客車のドアが閉まるとロクヨンの甲高いブロワー音。珍しく出発時に汽笛を鳴らし、ゆっくりと動き出した寝台特急「北陸」。いつも騒々しかった14系客車の電源エンジンもその音が聴けなくなるのは寂しい。上野駅13番線からまたひとつ夜行列車が消えていった。 (2009年9月撮影) Flickr にスナップ写真少々。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2010年3月13日のダイヤ改正で廃止された上野〜金沢間の寝台特急「北陸」。上野駅13番線の360度パノラマ風景とEF64 1052の汽笛。(音量に注意してください)<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/09-hokuriku-ueno-1.html" class="img600"><img title="Panorama+Sound" src="http://www.ss360.net/images/2009/09-hokuriku-ueno-1.jpg" alt="寝台特急北陸" width="600" height="200" /></a></p>
<p><a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/09-hokuriku-ueno-1.html"><strong>Flash Panorama + EF64走行音 (4:25) ↑</strong></a><br />
上野(23:03発)〜金沢(6:26着)を運行していた寝台特急「北陸」。上野〜長岡間はEF64 1000番台、長岡〜金沢間は<a href="http://www.ss360.net/2010/02/hokuriku-noto-1/" title="寝台特急 北陸・急行 能登 金沢駅 (1)">EF81</a>が牽引機。14系寝台客車は短い8両でプラットホームを持て余し気味に停車していた。</p>
<p>23時を過ぎて人気のない上野駅13番線に発車ベルが長く鳴り響く。やがて客車のドアが閉まるとロクヨンの甲高いブロワー音。珍しく出発時に汽笛を鳴らし、ゆっくりと動き出した寝台特急「北陸」。いつも騒々しかった14系客車の電源エンジンもその音が聴けなくなるのは寂しい。上野駅13番線からまたひとつ夜行列車が消えていった。<br />
(2009年9月撮影)</p>
<p><a href="http://www.flickr.com/photos/ss360/tags/北陸/" title="Flickr: tagged with 北陸">Flickr</a> にスナップ写真少々。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>寝台特急 北陸・急行 能登 金沢駅 (2)</title>
		<link>http://www.ss360.net/2010/02/hokuriku-noto-2/</link>
		<comments>http://www.ss360.net/2010/02/hokuriku-noto-2/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 27 Feb 2010 08:05:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s.sakai</dc:creator>
				<category><![CDATA[Panorama]]></category>
		<category><![CDATA[西日本エリア]]></category>
		<category><![CDATA[夜行列車]]></category>

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		<description><![CDATA[北陸本線金沢駅に入線する寝台特急「北陸」と急行「能登」。今回は編成後ろ側で記録した360度パノラマと環境音。6番線の「北陸」が先に、続いて5番線に「能登」が入線してくる。 Flash Panorama + 北陸・能登 入線時の音 (6:20) ↑ 5・6番線に向かって左が福井方、右が富山方。両列車とも途中の信越本線長岡駅で進行方向が変わるので長岡〜上野間はこちら側が先頭になる。クハ489-500番代側は、かつて信越本線の碓氷峠を越えるために横川〜軽井沢間で補機のEF63機関車を連結していた、その名残りで連結器カバーが無い。 環境音は「北陸」が福井方から、「能登」は反対の富山方から入線するのでどこに立つか悩ましかった。最後は貨物列車の通過音が被るという、いつも通りの展開で幕…。 金沢駅で出発を待つ、急行「能登」と寝台特急「北陸」 Flash Panorama + 能登・北陸 走行音 (4:05) ↑ 前回とは違う場所から出発風景をもうひとつ。急行「能登」は22:15発、489系H02編成。続く寝台特急「北陸」が22:18発、EF81-150が長岡まで牽引する。2番線には「北越」10号の回送列車485系3000番代の姿、七尾線には413系+455系700番代(B04編成)の普通列車、夜の金沢駅に国鉄型車両が会した。 この日も風が強く、22:12に先発するはずの富山行き「サンダーバード」45号が遅れていたため、「能登」・「北陸」は定刻発車とならず…。両列車を見送って駅を出ると冷たい霙が降っていた。 (2009年1月撮影)]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>北陸本線金沢駅に入線する寝台特急「北陸」と急行「能登」。今回は編成後ろ側で記録した360度パノラマと環境音。6番線の「北陸」が先に、続いて5番線に「能登」が入線してくる。<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/01-hokuriku-noto-2.html" class="img600"><img title="Panorama+Sound" src="http://www.ss360.net/images/2009/01-hokuriku-noto-2.jpg" alt="北陸・能登" width="600" height="200" /></a></p>
<p><a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/01-hokuriku-noto-2.html"><strong>Flash Panorama + 北陸・能登 入線時の音 (6:20) ↑</strong></a><br />
5・6番線に向かって左が福井方、右が富山方。両列車とも途中の信越本線長岡駅で進行方向が変わるので長岡〜上野間はこちら側が先頭になる。クハ489-500番代側は、かつて信越本線の碓氷峠を越えるために横川〜軽井沢間で補機のEF63機関車を連結していた、その名残りで連結器カバーが無い。<br />
環境音は「北陸」が福井方から、「能登」は反対の富山方から入線するのでどこに立つか悩ましかった。最後は貨物列車の通過音が被るという、いつも通りの展開で幕…。</p>
<p>金沢駅で出発を待つ、急行「能登」と寝台特急「北陸」<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/01-hokuriku-noto-3.html" class="img600"><img title="Panorama+Sound" src="http://www.ss360.net/images/2009/01-hokuriku-noto-3.jpg" alt="能登・北陸" width="600" height="200" /></a></p>
<p><a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/01-hokuriku-noto-3.html"><strong>Flash Panorama + 能登・北陸 走行音 (4:05) ↑</strong></a><br />
<a href="http://www.ss360.net/2010/02/hokuriku-noto-1/" title="寝台特急 北陸・急行 能登 金沢駅 (1)">前回</a>とは違う場所から出発風景をもうひとつ。急行「能登」は22:15発、489系H02編成。続く寝台特急「北陸」が22:18発、EF81-150が長岡まで牽引する。2番線には「北越」10号の回送列車485系3000番代の姿、七尾線には413系+455系700番代(B04編成)の普通列車、夜の金沢駅に国鉄型車両が会した。<br />
この日も風が強く、22:12に先発するはずの富山行き「サンダーバード」45号が遅れていたため、「能登」・「北陸」は定刻発車とならず…。両列車を見送って駅を出ると冷たい霙が降っていた。<br />
(2009年1月撮影)</p>
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		<title>寝台特急 北陸・急行 能登 金沢駅 (1)</title>
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		<pubDate>Mon, 08 Feb 2010 18:52:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s.sakai</dc:creator>
				<category><![CDATA[Panorama]]></category>
		<category><![CDATA[西日本エリア]]></category>
		<category><![CDATA[夜行列車]]></category>

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		<description><![CDATA[北陸本線金沢駅に並ぶ寝台特急「北陸」と急行「能登」。5番線に489系ボンネットの「能登」、6番線にEF81と14系客車の「北陸」。ともに北陸・信越・上越線を経由して金沢〜上野間を走る夜行列車。 Flash Panorama + 能登・北陸 走行音 (5:10) ↑ 上野行の夜行列車が2本続けて出発していく22時過ぎの金沢駅。22時15分、全車座席車の急行「能登」が先発。ボンネットスタイルの先頭車両はクハ489-5、金沢総合車両所の489系H3編成。そして間もなく22時18分、寝台特急「北陸」が発車する。牽引機は長岡車両センターのEF81-151、客車は尾久車両センターの14系寝台客車。EF81は途中の長岡でEF64に機関車交換する。 2010年3月13日のダイヤ改正で寝台特急「北陸」は廃止、急行「能登」も臨時列車化され、それぞれ最後の定期運用だった14系寝台客車と489系も姿を消すことになる。 この日は接続する21:51着の「しらさぎ」61号が遅れていたため「能登」も「北陸」もずいぶんと遅れて金沢駅を出発していった。発車時刻は分からず、途中でPCMレコーダーを止めるわけにもいかず…、「北陸」が駅を離れる際には681系の回送が入線したりして、慌ただしい音になってしまったのが今となっては少々心残り。 (2009年1月撮影)]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>北陸本線金沢駅に並ぶ寝台特急「北陸」と急行「能登」。5番線に489系ボンネットの「能登」、6番線にEF81と14系客車の「北陸」。ともに北陸・信越・上越線を経由して金沢〜上野間を走る夜行列車。<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/01-hokuriku-noto-1.html" class="img600"><img title="Panorama+Sound" src="http://www.ss360.net/images/2009/01-hokuriku-noto-1.jpg" alt="能登・北陸" width="600" height="200" /></a></p>
<p><a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/01-hokuriku-noto-1.html"><strong>Flash Panorama + 能登・北陸 走行音 (5:10) ↑</strong></a><br />
上野行の夜行列車が2本続けて出発していく22時過ぎの金沢駅。22時15分、全車座席車の急行「能登」が先発。ボンネットスタイルの先頭車両はクハ489-5、金沢総合車両所の489系H3編成。そして間もなく22時18分、寝台特急「北陸」が発車する。牽引機は長岡車両センターのEF81-151、客車は尾久車両センターの14系寝台客車。EF81は途中の長岡でEF64に機関車交換する。<br />
2010年3月13日のダイヤ改正で寝台特急「北陸」は廃止、急行「能登」も臨時列車化され、それぞれ最後の定期運用だった14系寝台客車と489系も姿を消すことになる。</p>
<p>この日は接続する21:51着の「しらさぎ」61号が遅れていたため「能登」も「北陸」もずいぶんと遅れて金沢駅を出発していった。発車時刻は分からず、途中でPCMレコーダーを止めるわけにもいかず…、「北陸」が駅を離れる際には681系の回送が入線したりして、慌ただしい音になってしまったのが今となっては少々心残り。<br />
(2009年1月撮影)</p>
]]></content:encoded>
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		<title>ホームライナー鴻巣3号 489系 上野駅</title>
		<link>http://www.ss360.net/2010/02/homeliner-489-ueno-2/</link>
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		<pubDate>Mon, 01 Feb 2010 07:34:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s.sakai</dc:creator>
				<category><![CDATA[Panorama]]></category>
		<category><![CDATA[東日本エリア]]></category>

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		<description><![CDATA[上野駅8番線を出発する「ホームライナー鴻巣」3号。最後まで走り続けた489系ボンネット、最後の定期運用は急行「能登」と、その間合いに走る首都圏のホームライナーだった。先頭車両はクハ489-3(H2編成)。 Flash Panorama + 489系走行音 (1:42) ↑ 平日は急行「能登」の間合い運用で「ホームライナー鴻巣」3号、「ホームライナー古河」3号を走るJR西日本 金沢総合車両所の489系H01〜03編成。2010年3月のダイヤ改正で急行「能登」が臨時列車化され車両も交替、特急列車として全国を駆けてきたボンネットスタイルもその姿を消すことになる。 ボンネットの入線で上野駅8番線は暫しの間だけ国鉄時代。この日の運用は489系H2編成、先頭車両は1972年製造のクハ489-3。趣味的には上部ヘッドライトを覆うカバーが無いのが外観上の特徴で、タイフォンはスカート部ではなくテールライト内側に装着されている。(→ 2007年8月のホームライナー鴻巣3号・489系H1編成) 特急シンボルマークと流麗なボンネット。JR化以降に新しい塗装へと塗り替えられた車両もあったが、ボンネットにはこの国鉄色が一番似合っていると思った。 (2009年9月撮影)]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>上野駅8番線を出発する「ホームライナー鴻巣」3号。最後まで走り続けた489系ボンネット、最後の定期運用は急行「能登」と、その間合いに走る首都圏のホームライナーだった。先頭車両はクハ489-3(H2編成)。<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/09-homeliner-489-ueno.html" class="img600"><img title="Panorama+Sound" src="http://www.ss360.net/images/2009/09-homeliner-489-ueno.jpg" alt="ホームライナー鴻巣3号" width="600" height="200" /></a></p>
<p><a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/09-homeliner-489-ueno.html"><strong>Flash Panorama + 489系走行音 (1:42) ↑</strong></a><br />
平日は急行「<a href="http://www.ss360.net/2009/04/noto-489-takasaki/" title="急行 能登・快速 ムーンライトえちご 高崎駅">能登</a>」の間合い運用で「ホームライナー鴻巣」3号、「ホームライナー古河」3号を走るJR西日本 金沢総合車両所の489系H01〜03編成。2010年3月のダイヤ改正で急行「能登」が臨時列車化され車両も交替、特急列車として全国を駆けてきたボンネットスタイルもその姿を消すことになる。</p>
<p>ボンネットの入線で上野駅8番線は暫しの間だけ国鉄時代。この日の運用は489系H2編成、先頭車両は1972年製造のクハ489-3。趣味的には上部ヘッドライトを覆うカバーが無いのが外観上の特徴で、タイフォンはスカート部ではなくテールライト内側に装着されている。(→ 2007年8月の<a href="http://www.ss360.net/2007/08/homeliner-489-ueno/" title="ホームライナー鴻巣3号 489系ボンネットの活躍"><strong>ホームライナー鴻巣3号・489系H1編成</strong></a>)<br />
特急シンボルマークと流麗なボンネット。JR化以降に新しい塗装へと塗り替えられた車両もあったが、ボンネットにはこの国鉄色が一番似合っていると思った。<br />
(2009年9月撮影)</p>
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		<title>美祢線 重安駅 石灰石専用貨物列車</title>
		<link>http://www.ss360.net/2010/01/mine-dd51-shigeyasu/</link>
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		<pubDate>Tue, 26 Jan 2010 09:05:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s.sakai</dc:creator>
				<category><![CDATA[Panorama]]></category>
		<category><![CDATA[西日本エリア]]></category>

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		<description><![CDATA[美祢線を走っていた石灰石専用貨物列車と重安駅構内の360度パノラマ2景。美祢の鉱山に響いたホッパーの轟音とDD51の汽笛。またひとつ“音”の風景が消えた。(音量に注意してください) Flash Panorama + 石灰石積み込みの環境音 (4:36) ↑ 2009年10月18日の運行を最後にトラック輸送へと切り替えられた美祢線の石灰石専用貨物列車。太平洋セメント重安鉱業所で採掘された石灰石を重安駅から宇部線宇部岬駅のセントラル硝子宇部工場へと輸送していた。最盛期には30往復以上もの石灰石輸送列車が走っていたという美祢線も近年はこの列車のみだった。重安駅の広い構内と錆びた引き込み線が往時を思わせた。 1枚目のパノラマはDD51機関車が到着し、ホッパーからホッパー車(ホキ9500形)に石灰石を積み込む作業風景。DD51の汽笛の合図、積み込み位置に合わせて貨車を押し出し引き出しながら効率よく進む作業。ホッパーから次々と石灰石を落とす轟音に少し驚きながら、そんな採石場の日常風景、ホッパー、そして貨物列車が見渡せそうな場所に立って撮影・録音した。プラットホームには木造の待合室、美祢市街の方向には宇部興産伊佐セメント工場の高い2本の煙突が見える。美祢市東部には日本最大のカルスト大地「秋吉台」が広がり、鍾乳洞の「秋芳洞」とともに知られている。 石灰石の積み込みを終えて出発を待つ5990列車 Flash Panorama + DD51 882 アイドリング音・走行音 (4:55) ↑ ホッパーの積み込み作業後、機関車は機回しして反対側の美祢方向に連結。編成を一度本線に引き出してから再び駅へ入線、暫し出発を待つ。この日の5990列車、石灰石を“山盛り”にしたホキ9500形を牽引するのはJR貨物幡生機関区厚狭派出のDD51 882号機。DML61Zエンジンのアイドリング音を長めに収録。線路脇には使われなくなって廃墟然とした巨大な石灰窯が残っていた。 (2009年10月撮影)]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>美祢線を走っていた石灰石専用貨物列車と重安駅構内の360度パノラマ2景。美祢の鉱山に響いたホッパーの轟音とDD51の汽笛。またひとつ“音”の風景が消えた。(音量に注意してください)<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/10-shigeyasu-dd51-1.html" class="img600"><img title="Panorama+Sound" src="http://www.ss360.net/images/2009/10-shigeyasu-dd51-1.jpg" alt="美祢線重安駅" width="600" height="200" /></a></p>
<p><a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/10-shigeyasu-dd51-1.html"><strong>Flash Panorama + 石灰石積み込みの環境音 (4:36) ↑</strong></a><br />
2009年10月18日の運行を最後にトラック輸送へと切り替えられた美祢線の石灰石専用貨物列車。太平洋セメント重安鉱業所で採掘された石灰石を重安駅から宇部線宇部岬駅のセントラル硝子宇部工場へと輸送していた。最盛期には30往復以上もの石灰石輸送列車が走っていたという美祢線も近年はこの列車のみだった。重安駅の広い構内と錆びた引き込み線が往時を思わせた。</p>
<p>1枚目のパノラマはDD51機関車が到着し、ホッパーからホッパー車(ホキ9500形)に石灰石を積み込む作業風景。DD51の汽笛の合図、積み込み位置に合わせて貨車を押し出し引き出しながら効率よく進む作業。ホッパーから次々と石灰石を落とす轟音に少し驚きながら、そんな採石場の日常風景、ホッパー、そして貨物列車が見渡せそうな場所に立って撮影・録音した。プラットホームには木造の待合室、美祢市街の方向には宇部興産伊佐セメント工場の高い2本の煙突が見える。美祢市東部には日本最大のカルスト大地「秋吉台」が広がり、鍾乳洞の「秋芳洞」とともに知られている。</p>
<p>石灰石の積み込みを終えて出発を待つ5990列車<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/10-shigeyasu-dd51-2.html" class="img600"><img title="Panorama+Sound" src="http://www.ss360.net/images/2009/10-shigeyasu-dd51-2.jpg" alt="DD51-882" width="600" height="200" /></a></p>
<p><!--more--><a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/10-shigeyasu-dd51-2.html"><strong>Flash Panorama + DD51 882 アイドリング音・走行音 (4:55) ↑</strong></a><br />
ホッパーの積み込み作業後、機関車は機回しして反対側の美祢方向に連結。編成を一度本線に引き出してから再び駅へ入線、暫し出発を待つ。この日の5990列車、石灰石を“山盛り”にしたホキ9500形を牽引するのはJR貨物幡生機関区厚狭派出のDD51 882号機。DML61Zエンジンのアイドリング音を長めに収録。線路脇には使われなくなって廃墟然とした巨大な石灰窯が残っていた。<br />
(2009年10月撮影)</p>
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		<title>大糸線 根知駅 キハ52 115・キハ52 125</title>
		<link>http://www.ss360.net/2010/01/oito-nechi/</link>
		<comments>http://www.ss360.net/2010/01/oito-nechi/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 08 Jan 2010 09:18:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s.sakai</dc:creator>
				<category><![CDATA[Panorama]]></category>
		<category><![CDATA[西日本エリア]]></category>
		<category><![CDATA[DMH17]]></category>
		<category><![CDATA[大糸線]]></category>

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		<description><![CDATA[大糸線根知駅で交換する南小谷行きのキハ52 115と糸魚川行きのキハ52 125。遥か北アルプスの嶺々は雪を冠り、静かな無人駅は初冬の景色。DMH17Hエンジン音が響き渡る。 Flash Panorama + キハ52走行音 (4:20) ↑ まだ空気が冷たい8:30過ぎ、根知駅で交換するキハ52をパノラマ撮影。先に南小谷行きキハ52 115(426D)が到着して下り列車を待つ。その後、再び構内踏切が鳴り始めると警笛が聞こえ糸魚川行きキハ52 125(423D)が到着する。上下列車とも乗降客は居らず暫しの停車後、どっしりと重たいジョイント音を残して駅を離れて行った。 長らく大糸線を走ってきた3両のキハ52は2010年3月のダイヤ改正でキハ120に置き換えられる。近年は3両とも国鉄色へと塗り戻されて、それは四季折々の風景によく馴染んでいたと思う。車窓風景は変わらなくても、大糸線乗車の楽しみが一気に減ってしまう気がして寂しい限り。 さて、撮影はどうしても白く輝く嶺々を飛ばしたくなかったのだが、雲が流れて日が隠れてしまい難儀した。キハ52 115(赤)の奥に見える北アルプスは中央が白馬岳。こっちは着込んでいたけれど、寒さのあまりPCMレコーダーが起動せずひとり狼狽…。バッテリーを取り外しポケットで温めるも反応なしで、もう諦めようと最後の一回で何とか起動してくれた。 (2009年11月撮影)]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>大糸線根知駅で交換する南小谷行きのキハ52 115と糸魚川行きのキハ52 125。遥か北アルプスの嶺々は雪を冠り、静かな無人駅は初冬の景色。DMH17Hエンジン音が響き渡る。<br />
<a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/11-oito-nechi.html" class="img600"><img title="Panorama+Sound" src="http://www.ss360.net/images/2009/11-oito-nechi.jpg" alt="根知駅" width="600" height="200" /></a></p>
<p><a href="http://www.ss360.net/panorama/2009/11-oito-nechi.html"><strong>Flash Panorama + キハ52走行音 (4:20) ↑</strong></a><br />
まだ空気が冷たい8:30過ぎ、根知駅で交換するキハ52をパノラマ撮影。先に南小谷行きキハ52 115(426D)が到着して下り列車を待つ。その後、再び構内踏切が鳴り始めると警笛が聞こえ糸魚川行きキハ52 125(423D)が到着する。上下列車とも乗降客は居らず暫しの停車後、どっしりと重たいジョイント音を残して駅を離れて行った。<br />
長らく大糸線を走ってきた3両のキハ52は2010年3月のダイヤ改正でキハ120に置き換えられる。近年は3両とも国鉄色へと塗り戻されて、それは四季折々の風景によく馴染んでいたと思う。車窓風景は変わらなくても、大糸線乗車の楽しみが一気に減ってしまう気がして寂しい限り。</p>
<p>さて、撮影はどうしても白く輝く嶺々を飛ばしたくなかったのだが、雲が流れて日が隠れてしまい難儀した。キハ52 115(赤)の奥に見える北アルプスは中央が白馬岳。こっちは着込んでいたけれど、寒さのあまりPCMレコーダーが起動せずひとり狼狽…。バッテリーを取り外しポケットで温めるも反応なしで、もう諦めようと最後の一回で何とか起動してくれた。<br />
(2009年11月撮影)</p>
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