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    <title>kibou</title>
    <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/</link>
    <language>ja</language>

    <pubDate>Thu, 14 Jun 2012 22:52:45 +0900</pubDate>  
    <description><![CDATA[不妊治療の記録を留めていきます。]]></description>
    
        <item>
      <title>出産のこと</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2012-06-14</link>
      <category>出産後</category>
      <pubDate>Thu, 14 Jun 2012 22:52:45 +0900</pubDate>
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      <description><![CDATA[<p>　季節はどんどん巡って、もう梅雨真っ盛りになっています。いかがお過ごしでしょうか。<br />　お陰さまで私と赤ちゃんは産後も無事に経過しておりまして、もうすぐ生後4カ月、ようやく育児に少しずつ慣れてきたところです。</p><p>　大分間が空いてしまって今さらな感じもするのですが、今回の出産について記録を残しておきます。</p><hr /><br /><p>　出産の1週間前から、（おそらく）マタニティ・ブルーの前兆が出ていました。頭の中で想定した通りに物事を運びたがる私は、まったくシミュレートできない自分のお産に対して無意識に過剰な恐怖心を抱いていたと思うのです。</p><p>　図書館で偶然見つけた一冊の本で少し気持ちが切り替わりました。<br /><!-- amazon -->
</p><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4861130786/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img class="sonet-asin-image" src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51PTYAWNG3L._SL160_.jpg" alt="いつもみてるよ。がんばってるの、しってるよ。" title="いつもみてるよ。がんばってるの、しってるよ。" /></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4861130786/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">いつもみてるよ。がんばってるの、しってるよ。</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: 326(ナカムラミツル)</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: Think D出版</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2006/02/09</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><p>
<!--/ amazon --> 赤ちゃんはお腹から出てくるのにすごく大変な思いをしているのに、それでも「ママがんばれ～」、って応援してくれているんだ…。びくびくしてられないな、と思ったのです。<br /><br />　<strong><font color="#ff6600">いつでもこいっ</font></strong>　という気持ちになった翌日の早朝、<strong><font color="#0000ff">破水</font></strong>しました。すぐに病院へ電話し、ナプキンをあて入院グッズを持って、タクシーで旦那さんと病院へ。陣痛が起きておらず子宮口も1.5センチほど。でも完全破水しており、感染症の恐れがあるので、病棟に入院して陣痛が来るのを待つことになりました。</p><p>　<font color="#ff0000">通常、破水してから24時間、<u>どんなに遅くても48時間以内には陣痛がくる</u></font>、と言われ、明日・あさってには赤ちゃんと一緒なんだね～、なんてのんきに構えながら入院初日を過ごしていました。</p><p>　破水してちょうど<strong>24時間経過</strong>した頃に陣痛らしきお腹の張りと痛みがあり、朝7時のモニタ（NST）で再度確認できたら陣痛室行きになると思う、と言われました。しかし、モニタをつける頃には遠のいてしまい、陣痛室行きにはならず…。<br />　抗生物質の薬を飲んでいるし、羊水の色も変化はなく赤ちゃんは元気、と言われていたけれど、「大丈夫、そのうち出てくるさっ」と、どーんと構えることができませんでした。お外の世界とつながっている以上、赤ちゃんが感染症を起こす可能性は高く、なんとしても早く出してあげなければ、と焦って、気持ちに余裕をなくしていたのです。<br />　病棟の中をぐるぐる歩いたり、地下の売店から8階の病棟まで階段を昇ったり。消灯後にもベッドのわきでスクワットをしていました。</p><p>　そうこうしている内に<strong>48時間が経過</strong>。ちょこちょこと陣痛のような痛みが起きるのですが、遠のいてしまったり規則的ではなかったりして、結局陣痛室へ行くことはありませんでした…。<br />　当然来るはずの陣痛が来ない、というだけで、私の気持ちが乱れるには十分でした。しかも、じゃばじゃば流れていた羊水の量は減り、逆に出血の量が増えてきて、赤ちゃんが本当に無事なのかどうか心配で、気が気でなくなっていました。<br />　同じ病室にいる赤ちゃんの泣き声を聞くと、自分はこんな風に赤ちゃんと一緒に過ごすことは出来ないのかもしれない、と（得意の）マイナス思考が働いて、勝手に涙が流れてくるようなありさまで…。</p><p>　陣痛促進剤を使わずまだ様子を見る、という方針を聞いた時、もう我慢が出来なくなってしまい、どうして赤ちゃんが元気なうちに促進剤を使わないんですか、と泣きながらごねてしまったのです。 <br />　結局方針変更となり、午後から陣痛促進剤の点滴を打つことになりました。ただし、私の場合お産が進まない原因の一つに<strong><font color="#ff0000">産道が硬い</font></strong>、ということがあり（<font color="#ff0000">軟産道強靭症</font>）、最初に産道を柔らかくする目的がメインの点滴をし、翌日の午前から通常の陣痛促進剤を使用する、と説明を受けました。</p><p>　点滴の針がささらないトラブルもあり、一本目の点滴が終わったのは夜22時頃。陣痛は多分起きないから病室へ戻るように言われたのですが、わがままを言って点滴を受けていた陣痛室でそのまま過ごさせてもらいました。</p><p>　日付が変わった頃から、起こらないと言われた陣痛が起き始め、<strong>ものすごい勢いのいきみ</strong>が加わって呼吸法で逃すことができなくなりました。パニックに陥り、思わずナースコール。看護師さんに、とにかく息を長く吐くこと、長く吐けなくても小刻みでいいので息を吐き続けるように言われました。唇がかっさかさになるくらい息を吐いていたのですが、どうしても吐き切る前にお腹に力が入ってしまい、うまくいきみを逃すことができません。一旦自宅へ帰りそろそろ就寝したであろう旦那さんを再度病院へ呼び出し、お尻のあたりを押さえてもらってなんとかこらえることができるようになりました。</p><p>　子宮口の開きはいきみが加わってから4cm→8cmと順調に広がっていったのですが、<font color="#ff0000">9.5cm</font>と言われたところでぱったり止まってしまいました。<font color="#ff0000">全開の10cmにならないと分娩台へは上れない</font>、と言われ、いきみ逃しをひたすら何時間も続けるはめに…。息を吐くのに疲れて、いきみを逃すことが出来なくなっていました。私は聞き苦しい声を発するようになり、旦那さんも寝ながらお尻を押さえている状態。<strong><font color="#0000ff">頼むから分娩台へのせてくれー</font></strong>、と心の中で叫びまくっていたのですが、朝になって夜勤の先生が診たところ子宮口は8cm、陣痛も規則的ではないと言われ、<font color="#ff0000">分娩台へはまだまだ上げられない</font>、と言われてしまいました。結局、予定通り2本目の陣痛促進剤をうち、そのまま様子見になりました。</p><p>　点滴が始まったら終わるのに半日はかかるんだよなー…、もうこれ以上いきみを逃すのは無理っす…、と思ったのですが、すぐに分娩台へは上れないのだ、と諦めの気持ちもついて、少し冷静さを取り戻すことが出来たように思います。<br />　2本目の点滴が始まって陣痛が規則的になったせいか、<font color="#0000ff">頑張って息を吐く時間とリラックスする時間を交互に繰り返す</font>ことが出来るようになっていました。</p><p>　交代した日勤の先生に内診してもらうと、子宮口はまだ全開ではないけれど、分娩台でいきめば開きそう、と判断してくれ、午前9時過ぎに待ち焦がれた分娩台へ上れるようになりました。いきみを逃がすために何度か立ち止まりながら分娩台まで歩いているうちに、<font color="#ff0000">子宮口は全開</font>になっていました。</p><p>　赤ちゃんの降りっぷりもすごくいいし、30分もいきめば出産になるでしょう、と言われ、私も実感としてそうだろうと思っていたのですが、どんなにいきんでも赤ちゃんが出てこない。どうすればいいのと、またパニックになりそうだったのですが、<strong><font color="#0000ff">陣痛の合間にリラックス</font></strong>することを思い出し、意識してリラックスするようにしてみました。</p><p>　分娩台の周りにはいつの間にか色んなスタッフの人が集まっていて、その内の一人の方（実習生の教官の先生？）に 「<font color="#ff0000">重い荷物を持つように足を踏ん張ってー</font>」と声をかけられ、その通りにしてみるとお産がぐんぐん進んでいきました。</p><p>　赤ちゃんの頭が出てきている頃に「もうすぐ出てくるから見ていてね」と、立ち合いで傍についてくれていた旦那さんに言われました。全力でいきむとどうしても目をつぶっていたのですが、そう言われて目を閉じずに脚の方を見るようにしていました。<br />　すると、赤ちゃんが<font size="4">にょろ～～～ん</font>、とまるでダイビングするかのように脚の間から飛び出してきました。その瞬間を見た時、分娩の苦しみやら疲れやら、何もかもが全部ぶっとぶ思いがしたのです。</p><p>　生まれてすぐの赤ちゃんを一瞬抱かせてもらって、初めて語りかけた言葉は「<strong><font color="#ff0000">頑張ったね</font></strong>」の一言でした。その後、「<font color="#ff0000">生まれてくれてありがとう</font>」と言いながら、ポロポロ涙をこぼしていました…。</p><p>　赤ちゃんは計測と体の洗浄で別室へ行き、私も第二の分娩＝胎盤さんの剥離と、会陰縫合の処理をしてもらっていました。先生に丁寧な仕事をしてもらったせいか特に痛みもなく、こちらのほうのトラブルは全くありませんでした。</p><p>　真っ白な肌着に包まれてピカピカの体になった赤ちゃんが分娩室に戻ってきて、分娩台の上で安静にしていた私の隣にやってきました。分娩室の窓からは、この日の快晴だった青空が見えて、そこから差し込む光で赤ちゃんの顔がピカピカ輝いているように見えた。あの時の満足げな赤ちゃんの表情、私は忘れることができません。</p><div align="center"><a href="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/DSC_20120221_130314.JPG" target="_blank"><img src="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/m_DSC_20120221_130314.JPG" border="0" alt="DSC_20120221_130314.JPG" width="314" height="235" /></a></div><p>　分娩が終わったら号泣するのかな、と思っていたら、案外そんなことはなくて、こみ上げてくる幸福感に終始にこにこしっぱなしでした。<strong>このeuphoriaに浸りすぎると後が怖いんだよなー…</strong>、と思いつつも、止めることができなかった。分娩台の上で過ごしていた時間はあまりにも幸福なものでした。</p><div align="center"><a href="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/E58886E5A8A9E5BE8C3E4BABAE381AEE6898B.JPG" target="_blank"><img src="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/m_E58886E5A8A9E5BE8C3E4BABAE381AEE6898B.JPG" border="0" alt="分娩後3人の手.JPG" width="320" height="240" /></a></div><p><a href="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/3E4BABAE381AEE6898B.JPG" target="_blank"></a>　わたしも旦那さんも、疲労困憊した出産だったけど、赤ちゃんに手を握ってもらっていた時、<strong>私と旦那さんと赤ちゃん、3人で成し遂げたんだな…</strong>、と実感できたのでした。<br /><br />　</p><p>　その後、病室で休んでいた時に担当医の先生から聞かされたのですが、分娩後の胎盤をみたところ、通常胎盤の真ん中あたりから出ているへその緒が、<font color="#0000ff">胎盤の縁の方から出ていた</font>というのです。圧迫による影響を受けやすく、酸素や栄養が届かなくなるリスクがあったのだそうです（後に調べたところ、分娩時に仮死状態で生まれてくる赤ちゃんもいるようです）。それにもかかわらず出産まで元気だったこと、胎盤の位置が上がったことと併せて、「<strong><font color="#ff0000">とにかく、強運の持ち主</font></strong>」と言われました。</p><p>　へその緒の出てる位置って、分娩後じゃないと分からないものなんすか？（-_-；、と正直思ったのですが、確かにこの子は強運の持ち主なのかもしれない、と納得したのでした。</p><p>　出産後、新生児室へ面会に行った時、コットの上ですやすや寝ている赤ちゃんを見て、「<font color="#ff00ff"><strong>無事に産まれてきてくれてありがとう…</strong></font>」、って、何度も何度も心の中で語りかけていました。<br /><br />　</p><p>　出産の約2か月前、切迫早産で入院していた時は、廊下で赤ちゃんをのせたコットを押すママさん達とすれ違うたびに、私もこんな日を迎えることが出来るんだろうか、と不安に思っていた。今は誰もいない私がいた病室の前で、2か月前の自分に呼びかけていました。</p><div style="text-align: center">「<strong>大丈夫、あなたと赤ちゃんはちゃんと頑張れて、今一緒にいるからね…</strong>」</div><div style="text-align: center"></div><div style="text-align: center"><br /><br /><hr /><br /></div><p>　こうして40w0dという、予定日ぴったりの日に我が子は誕生しました。<br />　「<font color="#ff0000">思い通りになんていかない人生の始まりだよ</font>」と、妊娠した時に思っていた。低置胎盤で転院、というあたりから想定外の連続で、まるで「<strong>お前の覚悟は本物なのだろうな</strong>」と、問いかけられているかのような妊娠・出産でした。</p><p>　それと、今回のお産で痛感したのは<strong>「<font size="3" color="#0000ff">リラックス</font>」を忘れたら何もかもうまくいかなくなる</strong>、ということ。きっと私のこれまでの不調の数々はリラックスを忘れていたせいなのではないか、とさえ思ったのです。妊娠・出産したことで、これまでの自分の悪い癖も気付かされたように思います。</p><p>　想定外が続くのも、リラックスを忘れてしまうのも、実は<font color="#ff0000">産後の赤ちゃんと一緒の生活が真骨頂</font>、ということを、私はその後知るわけなのですが。。。  </p><p>　大変じゃない出産が一つもないように、大変じゃない産後もないんだろうなー、と思います。。。</p><p>　次回、出産後のことや近況を記録して、締めの記事を書きたいな―、と思っています…。<br />　<font size="1">（多分、また間があくことと思われます。。。</font><span style="font-size: x-small">）</span></p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>無事に出産しました</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2012-03-04</link>
      <category>出産後</category>
      <pubDate>Sun, 04 Mar 2012 16:46:23 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2012-03-04</guid>  
      <description><![CDATA[<p>　まずはご報告が遅れていることをお詫び申し上げます。。。</p><p>　2月21日（40w0d）に男の赤ちゃんを出産しました。<br />　お陰さまで帝王切開ではなく普通分娩で問題なく出産でき、母子手帳に記入された出血量も「少量」と、懸念していた大量出血は起こらず、母子ともに無事で退院することができました。</p><p>　赤ちゃんは3276グラムと、いつの間にそんなに育っていたのと思うほど大きく、他の赤ちゃんと並ぶと大きさがひと際目だっていました。</p><p>　出産まで足掛け4日かかったそれなりの難産となり、体力の消耗が激しくてなかなか記事をアップできずにいました。<br />　今回は取り急ぎ出産のご報告まで…。<br />　出産の経緯などはまた追って（いつになるのかな～）アップしたいと思っています。。。</p><p>　ご心配、お祈り頂いた皆さま、本当にありがとうございました。<br />　心から感謝しています </p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>退院してからのこと</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2012-02-05</link>
      <category>妊娠後期</category>
      <pubDate>Sun, 05 Feb 2012 17:53:21 +0900</pubDate>
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      <description><![CDATA[<p>　厳しい寒さが続いています。いかがお過ごしでしょうか。<br />　お陰さまで妊娠37週を迎え、<strong>安静生活が解除になりました</strong>。<br /><br />　30週に切迫早産で入院した時に助産師さんに言われていたのは、なんとか32週まで頑張ってください、ということ。赤ちゃんの肺が出来あがるのが32週末で、呼吸器系疾患になるリスクがグンと下がるから。その次は34週。肺に水分がいきわたるようになり、赤ちゃんが自力で呼吸できるようになるから。そして36週末になれば他の臓器も十分成熟するので、赤ちゃんがお外でもちゃんと生きていける状態になります、と。<br />　目標を一つ一つ乗り越えていって、やっと37週までくることができました…（T_T）。感慨深いです。1週1週乗り越えるのが本当に大変だった。。。</p><p>　もう一つお陰さまで、胎盤の位置が上がって<strong>「下からの分娩」が可能になりました</strong>。入院中の診察時から胎盤が上がってきている、と言われていて、退院時の診察では子宮口から2cmの位置まで上がっていました。<br />　その後、退院してからの診察では、見える範囲にない、と言われ、子宮口からの必要な距離（2.5cm以上と言われています）よりは上にあるようだ、と言われています。</p><p>　ただ、普通より低いことに変わりはないので、分娩の初期に大量出血が起こる、とか、<font color="#0000ff">少しでも異常があったらすぐに帝王切開に切り替えます</font>、とのこと…。<br /><br />　普通分娩が可能になったら転院前の病院に戻れるよう分娩予約を残していたのですが、大量出血になった場合、輸血用血液は大学病院の方が多く確保しているはずだから、ウチで出産してください、と言われました。<br />　なので、元の病院の分娩予約はキャンセルしています。残念は残念ですけど…。<br />　でも、切迫早産での入院生活を通して、「不測の事態」というのを身近に感じたし、万が一そうなった場合でも、この病院なら十分対応してもらえそう、という信頼感があったので、私の方としても、胎盤が上がっても上がらなくても大学病院での出産をお願いしようと考えていました。</p><p>　ということで、<strong><font color="#ff0000"><u>大学病院で普通分娩にチャレンジ</u></font></strong>、と方針が決まったところです。</p><p>&nbsp;</p><p><strong>【安静生活】<br /></strong><br />　入院時も含めると、1か月半もほとんど寝たきりの生活をしていました。<br /> <br />　退院する時に条件にされていたのは、基本的に病院と同様の生活をすること。<br />　トイレと洗面以外は横になっていること、家事はしない、階段は極力使わない、バス・電車を使うような外出はしない。湯船の入浴はしてもいいけど熱い湯・長湯を避ける、という生活です。</p><p>　幸い、旦那さんが休みの日は旦那さんが家事をしてくれ、平日は旦那さんのご両親が交代で泊まりに来て家事をしてくれたので、安静生活を続けることができました。</p><p>　自宅での安静生活もそれなりに辛くて、したいことができないジレンマとか、誰かに頼まないと何もできないフラストレーションとか、 積もり積もって、<font color="#ff0000">私だって好きでこんな生活してんじゃないのよー</font>、と爆発を起こしたこともしばしばありました…。</p><p>　自分の欲求を満たすことが今の私の大事じゃない、と自分に言い聞かせていました。赤ちゃんにお腹の中にいてもらうことが大事なことだから、と…。</p><p>　同時に思ったのは、赤ちゃんはしてもらいたいことがあっても言葉で伝えることができない、ということ。私は動けなくともしてほしいことを口で伝えられるけど、赤ちゃんはそれができない。それってなんて不都合なことだろう、と思いました。胎内の環境とお外の環境は全然違くて、慣れないこと、不快なことだらけだろうと思うのに、訴える術が泣くことしかないなんて。<br />　多分、なんで泣いているのか分からないよ～、って私も絶対なると思うんだけど、不自由な身を多少経験したからには、赤ちゃんの欲求がなんなのか考えて、満たせてあげられるように心がけたいな、と思いました…。<br /> </p><p>　安静期間中にしていたことは、主に赤ちゃん用品のチェックと名付けを考えることでした。特に入院中は腐るほど時間があったので、病院にあるレンタル用品のカタログを看護師さんに頼んで持ってきてもらい、かたっぱしから眺めてチェックしていました。名づけも、早く生まれるかもしれない、と思った時から名づけ本などを読んでいたのですが、ピンとくる名前が一つもなかったのです。入院中に赤ちゃんと向き合う時間がとれて、じっくり考えることができたように思います。</p><p>　お腹の張りが強い時には完全に横になっている姿勢じゃないと辛くて、そんな時は音楽を聴くことくらいしかできませんでした。本も軽い文庫本のようなものじゃないと持っていられなくなるのです。<br />　退院して、旦那さんが私の代理でスマホをゲットしてくれてからは、完全に横になっている姿勢でも色々なことが出来るようになって大分楽になりました。 良い時代になったものです。。。</p><p>　晴れて安静がとけて、体力をつけるために動いてください、と言われているのですが、一番お腹が大きくなっていく時期を寝て過ごしていたので、私の骨盤？やら体力やらが「動く生活」に全然ついていけてません。立ったり歩いたりすると腰が砕けそうなくらい痛くなってしまいます…。動く→腰が痛くなる→横になる→疲れてぐったり→寝る→起きる→動く→腰が痛くなる…、と、一日中これの繰り返し。まだ思うようには動けません。近所のスーパーへ買い物に行くにも、今はまだちょっとした冒険です。</p><p>&nbsp;</p><p><strong>【37週の健診で】<br /></strong><br />　36週を過ぎてから、健診の頻度が1週間に1回になりました。<br /><br />　赤ちゃんは変わらず元気で、推定体重は既に2800gを超えています。週数的にも体重的にも、いつ生まれてもいい状態、とのこと。</p><p>　内診で子宮口が1cm開いてきている、と言われました。赤ちゃんも骨盤の中におりてきているそうです。確かに胎動を感じる場所が変わってきていて、今までは横隔膜とか肋骨のあたりを蹴り蹴りされていたのが、今は胃の下の方とか、おへそ近辺を蹴り蹴り・ぐに～っとされるのです。<br />　ちなみに、赤ちゃんが骨盤におりてくると胎動が少なくなる、と聞くのですが、うちの暴れん坊将軍はそんなことはなくて、<font color="#ff0000">あたしの体はサンドバックか</font>、と思うほどにキック＆パンチをくらわしてきます（特に夜…）。</p><p>　36週の時に妊娠後期の血液検査用の採血をしたのですが、内臓の機能や血液の凝固など特に異常はないそうです。</p><p>　輸血が必要になった場合の書類も目を通して署名を済ませてあり、担当の先生から旦那さんの立ち合いの許可書ももらい、赤ちゃんが生まれた後に必要な各種検査の申込書も準備をし、書類の上でも準備万端な感じです。 </p><p>&nbsp;</p><p><br /><strong>【出産目前…？】</strong> </p><p>　もうそろそろ「その日」が近いのかなー、と思っている今日この頃です。<br />　妊娠してから約10カ月…。とても長く感じた時もあるけど、短かったような気もします。</p><p>　2011年を終わる時に感じたことは、「終わり」を大事にしていこう、ということです。<br />　2011年は私にとってたくさんの変化があった年で、一つ一つの変化に「終わり」があったと思っています。</p><p>　終わりを迎えるまでのことを振り返ってじっくり味わうこと、感謝の気持ちを持って終わりを迎えること、今までなかなかできずにいたことだったように思うのです。終わりに対して納得する気持ちを持つ、ということなのかもしれません。<br /><br />　今も終わりの時期を迎えようとしています。<br />　お腹に赤ちゃんがいてくれることの終わり、夫婦二人だけの生活の終わり、自分のことばかり考えて気ままに生きてきた日々の終わり…。それぞれに対してちゃんと向き合って、満足して、新しく始まる赤ちゃんとの生活を迎えられたらいいなー、と思っています。</p><p>　とはいっても、普通分娩にチャレンジできる、となってからは特に、<font color="#0000ff">出産時の痛みってどんだけすごいんだ</font>、とか、採血される自分の血をみるのも嫌な人なのに、<font color="#0000ff">出産時の大量出血に遭遇したらどうなってしまうんだ</font>、とか、そんなことばかり考えてしまいます…。<br /><br />　おっ母になるんだから、どーんと構えてなきゃダメなのにね。痛みとか、不安・恐怖に飲み込まれない冷静な気持ちが必要なのかな～、と思っています。</p><p>&nbsp;</p><div style="text-align: center">　<font color="#ff6600">でも所詮、自分の思っている通り・計画している通りに、ことは進まないものだから。。。</font></div><p>&nbsp;</p><p><br />　出産までの日を、大切に過ごしたいと思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>　暦の上での季節は春になっても、寒い日が続いてインフルエンザが流行っています。お体どうぞご自愛ください～。</p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>転院してからのこと</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2012-01-23</link>
      <category>妊娠後期</category>
      <pubDate>Mon, 23 Jan 2012 17:54:32 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2012-01-23</guid>  
      <description><![CDATA[<p>　なんと今、妊娠10カ月に入っています。いわゆる「<strong>臨月</strong>」というやつです。<br />　来週に入れば赤ちゃんがお外で生きていける状態での出産となる、

「<strong><font color="#ff0000">正期産</font></strong>」になります。もう「早産」ではなくなるのです　私の目下の目標は、なんとか正期産まで赤ちゃんにお腹の中にいてもらうよう、ひたすら安静にしていることです。。。</p><p>　転院してからのことを全く記事にしていなかったので、先にその記録をしておきたいと思います。</p><p><strong><font color="#ff6600"><u>27ｗ1d</u></font></strong></p><p>　出産予定だった近所の病院で、低置胎盤であることを理由に周産期母子医療センターになっている大学病院への転院を指示され、紹介状を持参して大学病院の初診を受けに行きました。 </p><p>　待たされるのを覚悟していたのですが、産婦人科外来で受付をして1時間強ほどで問診室へ呼ばれ、それから40分後には診察を受けていたと思います。</p><p>　高度生殖補助医療を経ての妊娠であること、精神科での治療歴があること等々確認があって、最初に経膣の超音波検査を受けました。カーテンは閉まったままでモニタの画面を見ることが出来ず、先生とお付きの先生達で何やらごちゃごちゃ話しているのですが、何を言っているのか分からず…。何か良からぬことがあったのではないか、と思って、半分泣きそうな気分でした。</p><p>　検査が終わって、カーテン越しに先生とお話をしたのですが、胎盤の位置は子宮口から1.8cmと言われました。前の病院では0.8cmと言われていたんですが、と言うと、測り方が違う？とかなんとか…。うちでは角度をつけて測ってるけど、多分直線距離を測ったんだろうねー、と言われました。病院によって測り方が違うということがあるのでしょーか。。。</p><p>　さらに、「胎盤の血流が良すぎるんですよ」とも言われました。「だから、<font color="#0000ff">出血しちゃったら大量になるだろーねー</font>」とのこと…。胎盤の血流がいいのは本来的には良いことなのでは～？、と思っていると、「いいんだか悪いんだか、だね」と先生にも言われました。</p><p>　「<font color="#0000ff">もし少しでも出血があったらあとはずっと入院になるから、そのつもりでいてネ</font>」と言われ、長期入院と、早くに赤ちゃんを取り出す可能性を認識しました。</p><p>　続いてお腹の上からのエコーがあって、赤ちゃんの様子を見ることができ、初めて少しほっとしました。<br />　前の病院で性別が二転していたので、試しに「性別分かりますか？」と聞いてみたところ、男の子だと言われました。エコーの角度によっては確かに女に見えるけど、シンボルが見えてるから、とお墨付きをもらい、証拠写真までもらってしまいました（＾＾；。</p><p>　 生活の安静度を質問してみると、ウォーキングもヨガも運動は一切ダメ、「夫婦生活」もダメ、家事や仕事は必要だからしてもいいけど、必要じゃないことは極力しないように、と言われました…。</p><p>　最後に、超音波の精密検査を受けるように言われました。40分くらいかけて赤ちゃんと胎盤の様子を精度の良い超音波でみて、画像を撮るとのこと。精密に知ることがいいのか悪いのか…、と少し複雑な気分になりました。</p><p>　初診を終えた印象は、私（と赤ちゃん）はきっとサンプルの一つなんだろうなー、ということ。大学病院だから当然なんだけど、元の病院のような「ほんわかマタニティ」な雰囲気はないよな～、と思ったのでした。思い描いていた出産とは違うものになりそう、という印象を一層強くしたのですが、赤ちゃんを無事に産むためだから、と自分に言い聞かせていました。</p><p>&nbsp;</p><p><strong><font color="#ff6600"><u>27w3d</u></font></strong></p><p>　初診で指示された通り、超音波の精密検査を受けました。<br />　超音波の技師さんには何も質問してはならない、と言われていたので、ただ黙々と画像を撮っていくだけなのかと思いきや、案外色々教えてくださって、じっくり赤ちゃんの様子を見てられるし、思いのほか楽しんでしまいました。</p><p>　この時初めて赤ちゃんのお顔をはっきり見たのです。宇宙人みたいやなー、とは思ったけど、目口鼻がちゃんと分かって、想像していたよりも整っているというか、赤ちゃんっぽいように見えました。</p><p>　脳の血流も問題ないし、心臓の4室もきれいに分かれてますねー、と言われました。赤ちゃんには問題なさそう、とのこと。<br />　超音波のプロープめがけて赤ちゃんが蹴りをくらわしているらしく、「蹴りますね～」と何回か言われました。。。</p><p>　一通り撮影が終わったところで、上級の技師さん？（もしくは新生児が担当の技師さん？）が登場し、画像をチェックしたり追加でいくつか撮影したりしていました。 その方からも、赤ちゃんには今の時点で分かる異常は特になさそう、と言われました。<br />　ただ、胎盤がねー…、と言われ、ちょっと子宮口にかかってるように見えるんだよねー、と、前の病院と同様のことを言われました。次回の診察で詳しい話を聞いてください、と言われ、この日は終了。</p><p>&nbsp;</p><p><strong><u><font color="#ff6600">29w1d</font></u></strong></p><p>　大学病院で受ける「妊婦健診」の初回の日でした。曜日毎の担当医制をとっている、ということで、この日に診てもらった先生が私の担当医の先生となりました。 </p><p>　要領が良く分からなくて、測定や尿検査をするのも右往左往という感じ…。<br />　担当の先生は女医の先生で、一緒についている先生も女性だったので、初診の時より安心感があったように思います。</p><p>　先にお腹の上から超音波。赤ちゃんは推定で1200g。心臓も活発に動いていて、先生に「<strong>赤ちゃん、元気</strong>」 と言ってもらえました。そう言ってもらえるのが、何よりうれしいのです。</p><p>　続いて経膣の超音波。胎盤は子宮口から1.7cmと言われました。初診の時より0.1cm下がってる～？と思ったんですが、誤差の範囲です、と言われました。。。</p><p>　転院前の病院と同様、お腹が大きくなれば胎盤の位置が上がることもありますから、と言われたのですが、上がるかどうかは微妙かも、とも言われてしまいました。</p><p>　超音波の精密検査については、検査をした日よりも詳しい話というのは結局なくて、特に問題ない（胎盤の位置を除いて）、ということでした。</p><p>&nbsp;</p><p>　この日、初めて助産師さんとお話しする機会があり、健診後に保健指導を受けました。<br />　転院してきた妊婦で、分娩が他の病院になるかもしれず、帝王切開か普通分娩かも決まっておらず…、みたいな感じで、私も助産師さんも困ってしまう場面が多々ありました。</p><p>　初めて渡されたブックレットでお話をされ、それで妊娠後期の保健指導は終わり（＝出産前の指導は終わり）。両親学級は全3回を同じ妊娠経過の人と受講することになっていて途中参加は不可（日程的にも無理、と言われました）、立ち会いを希望して、立ち合いが可能な状況だったら、夫婦での個別指導になる、とのこと…。<br /><strong>　私、こんなんで出産に臨んでいいんでしょーか</strong>、と不安になりました。</p><p>　ただ、この時の指導でお腹の張りについてお話があり、休んでも治らない張りだったら連絡してください、と言われていて、それを思い出して病院に連絡でき、結果として早産を免れたのだと思っています…。</p><p>&nbsp;</p><p>　ここまでが入院前の記録です。<br />　もう既に長くなってしまったので、今回はこの辺で…。</p><p>　寒い日、雪の日、続いてますのでどうぞお気を付けください～。

</p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>退院して、自宅安静ちう。。。</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2012-01-16</link>
      <category>妊娠後期</category>
      <pubDate>Mon, 16 Jan 2012 17:13:45 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2012-01-16</guid>  
      <description><![CDATA[<p>　明けましておめでとうございますm(__)m…って、もう明けて大分経ちますが。<br />　今年最初の記事になります。<br /><br />　切迫早産で入院していましたが、年末に退院し、今は自宅で安静生活を送っています。<br />　入院から自宅安静までを記録したいと思っているのですが、<font color="#c0c0c0">（いつものように）</font>長くなってしまうので、入院から退院までのことをまず記録しておこうと思います。</p><p><br /><strong><font color="#ff6600"><u>30w3d</u></font></strong></p><p>　夜間診察で病院に行ったところ、最初に子宮収縮のモニタリングを実施。張りが確認され、内診で子宮口が開いていることを確認、経膣超音波では子宮頚管長が3cmとなっていたため、その場で入院となりました。</p><p>　入院が決まった時から、子宮収縮抑制剤（張り止め）の薬が入った点滴を24時間することになりました。ウテメリンという薬で、濃度は確か10％（ブドウ糖液500mlに対して50ml）だったと記憶しています。幸い、比較的低い濃度でOKでした。</p><p>　量は1時間に20ml→入院8日目で15ml→10日目で10ml→12日目で内服薬に変更→15日目に退院、となりました。<br />　自宅に戻ってからも内服薬を続けています。ウテメリン5mgを1日3回です。</p><p>　点滴から内服薬に変わる時が一番大変で、体への取り込まれ方が変わったことで張りが頻繁に起きてしまう「張り返し」という症状が起きてしまって、内服薬に変更した日は子宮収縮モニタリングを1日に2回行い、結果を夜勤の先生に見てもらう、ということもありました。点滴に逆戻りすることも想定していたのですが、幸い徐々に張りは落ち着いていって、なんとか年内に退院することが出来ました。</p><p>　入院中の安静度はベッドからトイレまでで、シャワーは張りがないことが確認された場合OK、という感じでした。病棟内のデイルームやナースステーションにも行けず、売店はもってのほか…。診察は分娩室で行うのですが、車いすで移動していました。食事もベッドの上で。上げ下げしてもらっていたので、楽でした。</p><p>　病室の中はとても暑くて、大体26℃～28℃くらい、湿度は35％…。世の中はクリスマス寒波がやってきている、ということだったのですが、<font size="4">ここは南半球かい</font>、と思うほどの環境でした…。しかも張り止めの薬の副作用として、体がほてる、というのがありまして、ベッドにいると頭まで汗でぐっしょりになっていました。しかもそう頻繁にはシャワーを浴びられず…。 一人では飲み物が買いに行けないため、飲み水の確保にも気を使いました。</p><p>　その他、寝具が全く合わない、とか、点滴がすぐ痛くなる（皮膚への損傷が激しい薬のようです…）、とか、入院中の困りごとは様々あったのですが、完全に安静にできる環境で、定期的に赤ちゃんが元気かどうかの確認があり、カロリーコントロールされた食事のお陰で体重増加が抑えられたり、と、いいことも色々あったのです。</p><p>　ただ、入院1週間目くらいに「医局からお手紙です」と言われ、「<font color="#ff0000">あなたの入院費用は高額になる恐れがあります</font>」と書かれた、<strong>限度額適用認定証</strong>についての案内をいただいて、ちょっと青ざめました。<br />　限度額適用認定証は加入している健康保険から発行してもらう書類で、月額の自己負担額に所得区分に応じた上限が設けられる、というものです（ただし、食事代と差額ベッド代は対象外）。</p><p>　早く退院したいと思っていたけど、支払いのことを考えると<font color="#0000ff">退院の日が恐ろしい～…</font>、と思ってしまいました。</p><p>　退院した時にこの書類を提出したのですが、結果として限度額にぎりぎり達しない治療費だったことと、私の場合請求費用の大半が差額ベッド代（2人部屋に入院していました）だったため、そんなに恩恵は受けられませんでした…。<br />　幸い、加入している医療保険で多少の入院費用の補償ができる、ということです。 </p><p><font size="1">※安静生活のことや入院のことについて、参考にしたサイトがあるのでリンクしておきます。<br />　「切迫流産・切迫早産でも快適安静生活」　<a href="http://seppaku.com/index.html">http://seppaku.com/index.html</a></font></p><p><strong><font color="#ff6600"><u>32w4d</u></font></strong></p><p>　診察をしてOKなら退院、という日だったのですが、午前中に子宮収縮のモニタリングを行ったらきっかり10分おきに張りがおきて、 雲行きを怪しく感じていました。</p><p>　しかし診察の結果、子宮口も閉じていて子宮頚管長は4cm、切迫の症状はなくなっているので大丈夫でしょう、と言われ、その日の午後に退院OKがでました。</p><p>　退院する時、ナースステーションで、今回は突然の入院でしたがお世話になりました、と挨拶をしたら、「<strong>退院する時も突然でしたね</strong>」、と言われてしまいました（＾＾；。</p><p>　病院の会計は休日体制に入っていたため後日清算となり、書類を提出しただけで終了。<br />　<font size="1">（ちなみに、クレジットカードで入院費用の支払いを考えている方、限度額と当月のカード支払い状況を確認しておくのをおススメします）</font></p><p>　2011年が終わるぎりぎり前に退院することが出来ました。</p><p>　次回は退院してからの自宅安静について記録しておきたいと思います。<br />　寒く乾燥した日が続いているようですので、体調管理にお気をつけください～。 </p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>切迫早産で入院ちう。。。</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-12-24</link>
      <category>妊娠後期</category>
      <pubDate>Sat, 24 Dec 2011 19:00:00 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-12-24</guid>  
      <description><![CDATA[<p>　妊娠30週の某日、不覚にも切迫早産で入院になってしまいました。。。</p><p>　持ち込んだPCで、ちょっとだけ更新……。<br />　PCに向かう姿勢はあまり良くないということなので、ちょっとだけ…。</p><p>　夜間にお腹の張りがおさまらなくなり、病院に電話したところ、診てみないと何とも言えない、と言われ診察してもらいました。1週間前の健診よりお産が進んでしまっている、ということで、「<strong><font color="#ff0000">入院しましょう</font></strong>」となり、結局そのまま入院になってしまいました。。。 </p><p>　どうやら子宮口が開いている状態で、子宮頚管長が3センチほどになっていたようです。<br />　張りがおさまらない、というだけで、まさか入院することになるとは思ってもみなかったのでした。でも、切迫の状態で気付いて良かったですね、と看護師さんに言われています。今生まれてはまだまだ早いので……。</p><p>　 入院後は張り止めの点滴をしながらひたすら横になっている生活で、ただ寝ているだけなのに「もうイヤ～」となってしまうこともあり、結構辛く感じていたのですが、</p><div align="center"><a href="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/E79785E5AEA4E3818BE38289E5AF8CE5A3ABE5B1B11-91740.JPG" target="_blank"><img src="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/m_E79785E5AEA4E3818BE38289E5AF8CE5A3ABE5B1B11-91740.JPG" border="0" alt="病室から富士山1.JPG" width="160" height="120" /></a></div><div align="center"></div><div align="center"><div align="center"> </div><div style="text-align: left" align="center"> 　病室から朝焼けのピンクに染まる富士山が見えたり、 </div><div align="center"> </div><div align="center"><a href="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/E5A495E784BCE38191E381AEE5AF8CE5A3ABE5B1B1-adb13.JPG" target="_blank"><img src="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/m_E5A495E784BCE38191E381AEE5AF8CE5A3ABE5B1B1-adb13.JPG" border="0" alt="夕焼けの富士山.JPG" width="160" height="120" /></a></div><div align="center"> </div><div style="text-align: left" align="center">　素晴らしい夕焼けに浮かび上がる富士山のシルエットが見えたり、 </div><div align="center"> </div><div align="center"><div align="center"><a href="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/E382AFE383AAE382B9E3839EE382B9E382ABE383BCE38389E38282E38289E3819F.JPG" target="_blank"></a><div align="center"></div><div align="center"><div align="center"><div align="center"><div align="center"><a href="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/E382AFE383AAE382B9E3839EE382B9E382ABE383BCE38389E38282E38289E3819Fre.jpg" target="_blank"><img src="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/m_E382AFE383AAE382B9E3839EE382B9E382ABE383BCE38389E38282E38289E3819Fre.jpg" border="0" alt="クリスマスカードもらたre.jpg" width="160" height="120" /></a></div><div align="center"> </div><div style="text-align: left" align="center">　看護学生さんからクリスマスソングとカードのプレゼントがあったり、</div><div style="text-align: left" align="center"> </div><div style="text-align: left" align="center">　素敵な出来事はあるものなのです。</div><div style="text-align: left" align="center"> </div><div style="text-align: left" align="center"> </div><div style="text-align: left" align="center">　部屋で寝ていると、ほにゃーほにゃーという、生まれたばかりの赤ちゃんの、力ない泣き声が聞こえ、癒されています（*＾＾*）。</div><div style="text-align: left" align="center">　そして、通路やトイレですれ違う出産直後のママさん達のしんどそうなこと。<br />　<strong><font color="#ff6600">出産って一大仕事なんだな～</font></strong>、と思わずにいられないです。全然、当たり前のことなんかじゃない。ママと赤ちゃんが頑張って初めて成し得ることなんだなー、とつくづく実感しています。だから、どのママさんも赤ちゃんも、私にはピカピカ勲章みたいに見えます。　頑張ったんだね！　偉かったね！　って、思っています。</div><div style="text-align: left" align="center"> </div><div style="text-align: left" align="center">　入院後は安定していて、切迫の症状もなくなり、お腹の張りも少なくなってきました。<br />　しかも、胎盤の位置も若干上がってきているそうです　</div><div style="text-align: left" align="center">　一応、年内退院が目標で、安静生活を送っています。</div><div style="text-align: left" align="center"> </div><div style="text-align: left" align="center">　できれば年越しは家で過ごしたい……。でも焦って切迫に逆戻りしたら（それどころか生まれてしまったら）元も子もないので、焦らず、赤ちゃん第一で過ごしたいと思います。</div><div style="text-align: left" align="center"> </div><div style="text-align: left" align="center">　本当はクリスマスも病室で過ごす予定ではなかったんですが……。</div><div style="text-align: left" align="center">　みなさん、どうか良いクリスマスを。</div><div style="text-align: left" align="center">　そして、頻繁に更新できないと思うので、これで年内最後の記事にしたいと思います…。<br /><br /><br /><div style="text-align: center"><font color="#ff6600">良い年をお迎えくださいm(_ _)m </font></div></div><div style="text-align: left" align="center"> </div><div style="text-align: left" align="center">　 </div></div></div></div></div></div></div><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>5回目の健診で転院</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-12-13</link>
      <category>妊娠中期</category>
      <pubDate>Tue, 13 Dec 2011 19:14:08 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-12-13</guid>  
      <description><![CDATA[<p>　年末の足音が聞こえてきました。私の中での2011年流行語大賞は、間違いなく「<strong>よっこいしょ</strong>」なんですが。。。<br />　現在妊娠8カ月なので、健診は2週間に1回になりました。ブログ記事の内容と現状がどんどん離れていってしまうので、早いとこ追いつきたいと思っています。</p><p>　妊娠7カ月の時に5回目の健診を受けました。この健診をきっかけに、妊婦生活が大きく変わることとなりました。</p><p>　<strong><u><font color="#ff6600">26ｗ

3d</font></u></strong></p><p>　いつものように尿検査・体重／血圧測定をした後、糖尿病のスクリーニング検査のための糖水を飲みました。砂糖が入っている結構キツイ炭酸水です。

1時間後に採血して糖尿病の検査をします（貧血の検査も兼ねていました）。</p><p>　もうすぐ1時間経ちますけど～？、というタイミングで診察室へ呼ばれ、最初に浮腫や子宮底長の測定。<br /><br />　浮腫：（－）　子宮底長：26　腹囲：78</p><p>　そしてお腹の上からの超音波。<br />　赤ちゃんの推定体重は1000グラムとのこと。随分大きくなったんだな～、と

感じました。<br />　性別はもう知ってましたか？、と聞かれ、「前回男の子だと言われていました」と答えると、「あ、そう？　<strong>今日見た感じは女の子なんだけど</strong>」と言われてしまいました。　先生、前回これがペニスだと教えてくれてたぢゃないですか。。。　ベビー用品をそろそろ揃えなきゃ、と思っていたので、危なく男の子カラーで購入してしまうところでした。（→その後、男の子だとはっきり分かったんですけどね…）</p><p>　その後、経膣からの超音波。<br />　切迫早産の兆候がないかをみるため、経膣からの検査も行います。<br />　私の場合は前回の健診で<strong><font color="#0000ff">低置胎盤</font></strong>と言われていて、今回の健診で胎盤の状態を詳しく確認しましょう、ということになっていました 。</p><p>　内診台にのって、カーテンが閉められ、待つことしばし…。<br />　カーテンが開けられて、モニタを見ながら説明が始まりました。</p><p>　子宮口はしっかり閉じていて、子宮頚管長は十分ある（数値は忘れてしまいました） ので、切迫の症状はない、とのこと。<br />　しかし、やはり胎盤の位置が非常に低く、「<strong>子宮口から一番遠いところで0.8cm</strong>」と言われました。それを聞いた瞬間、<font size="4">は？？？</font>、と思ってしまった。0.8cmって、1cmないってこと？　それに、「一番遠いところ」の意味が分からない。普通こういうのって、一番近いところを測るんじゃないの？？　そう思って、「一番近いところは何センチなんですか？」と聞くと、「一番近いところは、もうほとんど子宮口にかかっている感じなので、<strong>0cmです</strong>」と言われてしまいました。</p><p>　<strong>大学病院に転院してもらうことになるから、紹介状書きますね</strong>、と続けざまに言われました。私、まだ内診台にのっている状態でしたが、<strong><font color="#ff0000">ちょっとまってーーー</font></strong>、と思ってしまいました。確かに、前回の健診で、低置胎盤だったら大学病院で出産してもらうことになる、と聞いていたけど、それは分娩の時の話で、健診をしているこの時期から転院することになるとは思ってもみなかったのです。心境としては、<font color="#ff0000">レッドカード食らって一発退場</font>、みたいな感じでした…。</p><p>　納得できない気分でいたのに、糖尿病スクリーニング検査のための採血時間になっているので、いったん診察を中断して処置室へ行くように言われました。身支度をしてそそくさと診察室を出、 採血をする処置室へ行きました。</p><p>　採血後、診察室の前でしばらく待って、また中へ呼ばれました。<br />　先程は慌ただしく話をされたのですが、今度はちゃんと子宮の図を書いて説明してもらいました。<br /><br />　<font color="#333399">子宮の下の方に子宮口があって、赤ちゃんはそこから生まれてきます。<br />　胎盤は普通子宮の上の方にあって、赤ちゃんが先に子宮口から出てきて、その後胎盤が出てきます。<br />　しかし、胎盤が低い位置にあると赤ちゃんより先に胎盤が出てきてしまうため、酸素や栄養が赤ちゃんにいかなくなり、赤ちゃんが危険な状態になるし、子宮口を塞ぐことにもなってしまいます。<br />　<strong>もし出血が始まったら、すぐに赤ちゃんを取り出す必要があります</strong>。でも赤ちゃんはまだ十分に育っていないので、取り出したら<strong>NICUに入らなければなりません</strong>。<br />　赤ちゃんを取り出してからNICUのある病院へ赤ちゃんを搬送するよりも、NICUのある病院で経過観察をし、何かあった時すぐにNICUに入れるようにしておいた方がより安全でしょう。ウチの病院にはNICUがないので、周産期センターになっている大学病院へ転院してもらいたい</font>、<br />　<br />　……ということでした。</p><p>　やっと納得できたのですが、その後、先生から「ARTですよね？」と聞かれました。一瞬、へ？、と思ったんだけど、キネマARTクリニックのART（生殖補助医療技術）のことか、と思い、「はい」と答えました。すると、「<strong>多いんですよ、ARTの妊婦さんで胎盤位置異常の人</strong>」、と言われました。 3年近く不妊治療をしていたけど、そんな話聞いたことないよ……？</p><p>　先生に他意は全くなかったとは思うけど、私の側としては、「これだからARTの妊婦は困るんだよ」的な空気を感じてしまいました。それならまだしも、生まれてくる赤ちゃんまで、何かの病気や異常があった時に、たとえそれが普通妊娠の子にもみられることだとしても、「<font color="#0000ff">ARTの子だから</font>」と言われてしまうのではないか、と余計な悲観まで抱いてしまった。</p><p>　<strong>子宮が大きくなるにつれて胎盤もあがっていくケースが多い</strong>、と説明されました。なので、もう少し週数が経てば、予定日までにはもしかすると胎盤があがっているかもしれない、ということでした。</p><p>　 胎盤が十分に上がって、普通分娩ができる状態であれば、ウチでも出産できますから、<strong>戻れるように分娩予約は残しておきます</strong>、と言われました。プレママクラスで病棟まで見学して、すっかりここで産む気満々だったので、戻れるものなら戻りたい、と思い、分娩予約は残してもらうようお願いしました。</p><p>　診察室を出てまたしばらく待ち、紹介状の入った分厚い封筒を助産師さんからもらいました。糖尿病のスクリーニング検査と貧血検査の結果はまだ出ていないので、後日受け取りに来てください、とのこと。<br />　私がすっかり意気消沈しているように見えたらしく、「<font color="#0000ff">もし戻れなかったとしても、それは赤ちゃんがそっちの病院を選んだ、と思えばいいですから</font>」と言われました…。</p><p>　この日は会計で手違いがあったり、仮予約を入れていた助産師外来のことでも、この時の説明と違うことがあったり、<font color="#ff0000">なんだかなー</font>、と 思うようなことが重なって、助産師さんの言うとおり、案外赤ちゃんはここの病院で生まれたくない、って言ってるのかなー、と思ってしまいました。</p><p>　健診の後はしばらく気持ちが鬱々として、もしかすると<font color="#0000ff">無事に赤ちゃんと会えないのではないか</font>、という不安が大きく心を覆っていました。もしそうなった場合、手元に残る赤ちゃんの写真が、体の一部分しか映っていない、もう何が何だかサッパリ分からないようなエコー写真だけだったら本当にイヤだと思って、4Dエコーのできるクリニックをすぐにでも予約しようかと思ったほどでした。</p><p>　 それに、どこまでいっても私は<font color="#0000ff">普通妊娠の妊婦さんと同じ土俵に立つことはないんだな</font>、という思いを持ちましたし、勝手に思い描いていた「<font color="#ff6600">幸せの出産</font>」が実現できそうにもないことに落胆もしていました。</p><p>　高度生殖補助医療を選択した時点で、妊娠後（出産後）もあらゆる可能性が懸念されるのだ、ということを私はあまり意識していなかったのかもしれません。妊娠することがまず最初の目標だったから。 お腹の中の赤ちゃんは他の赤ちゃんと今のところなんら変わりはないのだけど……。</p><p>　育児本を色々読んで、妊娠・出産ってすごいことなんだなー、と思うようになっていました。そして自分がその体験をできるということに感謝していたし、色んな夢や希望を抱くようになっていました。そんな「<font color="#ff6600">Happyなマタニティ</font>」の気分に思いっきり水を差されて、思い通りにいかないことに落胆しているんだな、と感じました。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center">　<font color="#ff0000">思い通りになんていかない人生の始まりだよ、って、<br />妊娠判定の後、思っていたはずなのにね。。。<br /><br /></font></p><p>　きっと、転院しなければいけない、という事態も、思い通りにいかない人生の一部なんだろう、と自分を納得させました。</p><p>　<strong>一番大切なことは、赤ちゃんが無事に産まれてくれること</strong>。自分のこだわりなんてどうでもいいよ。赤ちゃんが大事で愛おしい、という気持ちにも変わりはないよ…。</p><p>&nbsp;</p><p>　ということで、元の病院で分娩予約を残しつつ、大学病院へ転院することになりました。多分、非常にイレギュラーなケースだと思います。</p><p>　次回からは大学病院での経過について記録したいと思います。</p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>プレママクラスに参加してみた</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-12-01</link>
      <category>妊娠中期</category>
      <pubDate>Thu, 01 Dec 2011 19:18:15 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-12-01</guid>  
      <description><![CDATA[<p>　コートのボタンがついに締まらなくなって、今妊娠8カ月に入っています。<br />　記事はまだ妊娠中期のことなんですが。なんとか追いつかないと、と思って記事を更新しているところです。</p><p>　妊娠7カ月の某日、分娩を予定していた病院でやっている「プレママクラス」に参加してきました。<br />　自治体の方でも「両親学級」をやっていて、どっちを受けたらいいんだろー？、と内容を見比べてみたところ、有料だけど産院の方が時期に適した内容で行っているようだったので、とりあえず産院の方を受けてみることにしました。</p><p>　<strong><font color="#ff6600"><u>24w5d</u></font></strong></p><p>　産院のプレママクラスは①と②に分かれていて、①は妊娠・出産編、②は出産・育児編という内容になっています。今回は①に参加。妊娠中の注意点とか、お産の経過、入院のタイミングなどについてお話がありました。 </p><p>　参加していた妊婦さんは私を入れて6人。若い助産師さんが担当してくれて、割とざっくばらんな雰囲気でした。</p><p>　最初に自己紹介と、妊娠中の困りごと・楽しみにしていることを発表。妊娠中期で参加していたのは私ともう一人の方だけで、後の皆さん妊娠後期、中には臨月という方もいました。 <br />　なので、「困りごと」の内容（下を向いてかがむとオエっとなる、とか、便秘がひどいとか）が、「<font color="#0000ff">あー、これからこうなっていくのかなー</font>」、と想像することができ、ためになりました。</p><p>　私は体重増加と腰痛を困りごととして挙げたのですが、助産師さんの話や他の妊婦さんの話を聞くとやはり<strong>増えすぎ</strong>、ということが分かりました。 助産師さんによると、出産まで2kgしか体重が増えなかった妊婦さんもいらしたんだそうで、その方のお産はとても軽かったそうです。赤ちゃんさえ元気なら、それくらいの体重増でも全然OK、ということなんですね…。</p><p>　その後、お産の経過と入院のタイミングについて、図表を見ながら詳しい説明がありました。臨月の妊婦さんがいらしたので、結構切羽詰まった雰囲気。　<br />　お産の経過が4つの段階に分かれる、ということを初めて知りました。陣痛はずっと続くものではないこと、いきむタイミングといきんじゃいけないタイミングがあるということもそれまで知りませんでした。　<br />　陣痛とお腹の張りの違いが良く分からないんですが、という質問があって、「<strong><font color="#0000ff">陣痛だったら、会話はまず無理です</font></strong>」と、ある意味分かりやすい回答があり、そういう痛みが規則的に（10分間隔）感じたら病院へ電話→入院、ということでした。</p><p>　赤ちゃんが出てきそう、という段階に入る前は分娩室近くの控室？でリラックスして過ごせるらしく、自分がリラックスできるものは基本的になんでも持ち込んでOKということでした。クッション（抱き枕）や音楽CD（デッキの貸出あり）、アロマオイル（ランプの貸出あり）など。私は大好きなジャスミンの香りで分娩を迎えてみたい、という希望があり、それも叶えられそう、と知って嬉しくなりました。また、病院ではアロマオイルのレシピも用意があって、ブレンド済みのものなら貸し出しもできる、という話でした。</p><p>　また、陣痛を起こすツボ、というのも教えてもらいました。37週以降に刺激するといい感じの陣痛が起こるのだそうです。割と自然派で、リラックスして分娩を迎える用意のある病院なんだなー、という印象を受けました。</p><p>　リラックスともう一つ大事なのが「<strong>体力</strong>」です、と言われ、何か運動をするように勧められました。ウォーキングをするなら1時間以上はしてほしい（！）、とか、スクワットを1日50回やっている妊婦さんもいる（！！）、とか、長丁場になって肝心なところでいきめなくなると帝王切開になってしまうから、 家事もバンバンして体力をつけてください、ということでした…。</p><p> 最後に呼吸法のお話があったのですが、余り具体的ではなく、「腹式呼吸をしてみましょう～」、とお腹の膨らみを確認しながら腹式呼吸をし、横になって同様の呼吸をしてリラックスしてみる、というだけでした。</p><p>　<strong>時間が余ったので皆さんのおっぱいをチェックします</strong>、と言われ、抜き打ちでおっぱいチェックが始まりました。まだケアを始めたばっかりで、張りを感じるとお休みしていたので、私のおぱーいは「<strong><font color="#0000ff">全っ然かたいです</font></strong>」とダメ出しをされてしまいました。まだ乳腺が発達しているところですからねー、とは言われたんですけどね…。ほんっと痛かったっす。</p><p>　クラス終了後、病棟の中も見学させてもらいました。新しく、とてもきれいな病棟。個室も、まるでホテルみたいだな～、と思ってしまいました。</p><p>　分娩室のあるエリアに入り、控室の小部屋を見せてもらったのですが、分娩室ではちょうど進行中の妊婦さんがいらして、まるで<font color="#0000ff">断末魔かと思うような叫び声</font>が聞こえて、一同青ざめてその場を立ち去ったのでした。。。</p><p>　この頃はちょうど「Happyなマタニティライフ」がどんなものか、ようやく実感できるようになってきた時でした。陣痛（分娩）の雄叫び？を聞いてしまったとしても、それすらも楽しみに思えてしまうようなそんな時期で、<font color="#ff6600">これから本格的に出産を迎えるんだ～</font>、という実感と、<font color="#ff6600">ここで出産できるんだ～</font>という喜びをストレートに感じたプレママクラスだったのでした。</p><p>　実はこの2週間後の健診で、大学病院へ転院しなければいけない、と告げられ、結局プレママクラスを受けた病院で分娩することができない（かもしれない）という事態になってしまうんですけどね。。。</p><p>　その健診のことは次回記録したいと思います。</p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>妊娠中期の保健指導とトコちゃんベルト</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-11-23</link>
      <category>妊娠中期</category>
      <pubDate>Wed, 23 Nov 2011 18:25:28 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-11-23</guid>  
      <description><![CDATA[<p>　しばらくブログを放置しておりまして、なんとか頻度を上げて現状にキャッチアップできるよう、（私なりに）努力しているところです。 </p><p>　4回目の健診の後、助産師さんから妊娠中期の保健指導を受けました。</p><p align="left"><strong>【妊娠中期保健指導】</strong><br /><br />　指導用の小部屋に入って、助産師さんとマンツーマンで指導を受けました。</p><p align="left">　腰痛がしんどくなっていたので、<strong><font color="#ff0000">トコちゃんベルト</font></strong>のお話からスタート。<br />　妊娠するまで、私はてっきり山田邦子が全盛だったころに発売されていた「<font color="#0000ff">トカチャンクニチャンベルト</font>」のことだと勘違いしていたのですが<font size="1">（年代がバレますな～）</font>、そーではなくて、トコちゃんベルトは妊婦さん用に開発された骨盤ケアベルトのことです。トコちゃんのトコは「toco」＝お産という意味らしいです（パンフレットより）。</p><p align="left">　まず最初に姉妹品のゴムチューブを使った腰痛予防の体操を教わり、その後実際にトコちゃんベルトを装着してみました。台の上で骨盤を高く上げた状態で横になり、足を左右にゆらゆらした後、はめていたベルトを締めて固定する感じです。</p><p align="left">　装着すると太ももの横がくっと押さえられているような感じ。院内を少し歩かせてもらったりもしました。その後、装着した状態のまま椅子にかけて保健指導を受けました。</p><p align="left">　あまり動いていないと筋肉などが凝り固まって腰痛になりやすいので、できれば運動をした方がいい、と言われました。歩き方もひざ下からではなく、脚全体を動かす感じで、頭をピンと持ち上げられてるような姿勢がいい、ということでした。</p><p align="left">　 トコちゃんベルトは病院の売店でも売っており、ベルトの下に腹巻などをして、その上にパンツを穿けばトイレの度に外す必要もない、と教えてもらいました。</p><p align="left">　トコちゃんベルトのお話の後、<strong><font color="#ff6600">体重が急激に増加している点</font></strong>を指摘されました。大体1カ月に1kg増くらいが目安らしいのですが、私、4週間の間に3kg太ってました。 ちょうど折り返し地点としても…、増えすぎですね～、と注意を受けました。何が原因か考えてみてください、と、言われたのですが、思いつく原因がなく…。つわりがひどくなかったので、急に食事の量が増えた、ということはないし、間食が多い、ということもないし～…。</p><p align="left">　ドレッシングをかけ過ぎていませんか？とか、果物を食べすぎていませんか？とか、根掘り葉掘り探られたのですが、該当するものはなく…。<br />　結局、食事の量を腹八分目にしましょう、ということで落ち着いたのでした。</p><p align="left">　実は、この時はこう答えていたのですが、第3者から見ると私の食事量は確かに増えていたらしいです。<font color="#0000ff">自覚がないだけ</font>でした。間食も、多くはないけど、食べたいと思った物を躊躇なく食べていたなー、と思います。<br />　今はケーキなどカロリー高めのお菓子は控えて、食事も腹八分目にしています。食事の後は「なんか物足りないな～」と感じるのですが、そのうち満たされてくるので不思議です。</p><p align="left">　体重が増えすぎると赤ちゃんが巨大児になってしまうだけでなく、産道にも脂肪がついて狭くなり、難産になってしまうのだそうです。出産後に赤ちゃんのための母乳（＝脂肪分）が出せるよう、妊娠中の体は普段より1.5倍くらい多く栄養を吸収するのだそうです。食べ物を十分とれなかった時代の体の記憶なんでしょーね…。</p><p align="left">　助産師さんはパチパチと電卓をたたき、13kg増までならなんとか許容範囲である、と教えてくれました。「でも、<font color="#0000ff">15kg増は絶対ダメです</font>」と釘を刺されました。 体重の増加曲線を辿っていくと、臨月には軽く13kg増に達しているところだったので、結構切実です。。。<br />　<br />　今は指導の効果あってか、体重の増加には歯止めがかかっています。減ることはないのですが…。これから赤ちゃんが大きくなると体重がドカンと増えてくるらしいので、ますます気をつけなければ、と思っています。。。</p><p align="left">　その後、何か気になっていることはありませんか、と聞かれ、診察の時には聞けないような細々としたことを質問したりしました。例えば、頭が熱っぽく感じることがある、とか、おりものの量や臭いについて、などなど。取るに足らないようなことでも、普段モヤっと思っていることを聞くことができたので、かなりスッキリしました。</p><p align="left">　最後に<strong><font color="#ff6600">乳房と乳首のケア</font></strong>について教えてもらいました。</p><p align="left">　妊娠中期なので、もうケアを始めてください、と言われ、私のおぱーいをチェックしてもらいました。形や乳首に特に問題はない、と言われ、乳輪付近をつまんで柔らかくするケアを教わりました。<br /><br />　赤ちゃんはおっぱいを飲む時、乳首そのものをくわえるのではなくて、乳輪の周りからぱくっと口に含んで、口腔内の上にあるくぼみに乳首を当てておっぱいを飲むらしいのです。だから乳首の周りを柔らかくしておかないと赤ちゃんがおっぱいを吸えないし、お母さんも痛いですヨ、と指摘されました。実際、助産師さんに硬さをチェックされた時、かなーり痛かったのですが、<strong>赤ちゃんが吸う力はもっと強いですからね</strong>、と言われてしまいました。<br /><br />　ただし、おっぱいのケアをしていてお腹が張ってきたらすぐにやめてください、とのこと。確かに、おっぱいケアをするとお腹が張ってくることが度々あって、そんな時は中止しますし、今日はお腹がよく張るな～、という時はケアはお休みにしています。</p><p style="text-align: -webkit-auto" align="left">　加えて、乳首を指でひねるようにつまんで鍛える？ケアとか、乳首の垢（！）<font size="1">（そんなものが乳首にもあるとは知らなかった…）</font>の取り方についても指導してもらいました。</p><p align="left">　<strong>お産に向けてかなり本格的になってきたんだなー</strong>、という印象を持ちました。</p><p align="left">　マンツーマンでじっくり時間をとってもらったので、かなり満足のいく指導でした。助産師さん、本当にありがとうございますm(_ _)m。</p><hr /><p>&nbsp;</p><p><strong style="text-align: -webkit-left">【トコちゃんベルト】</strong></p><p align="left">　保健指導の後、旦那さんにも一応相談し、トコちゃんベルト（とその下につける腹巻）を購入しました。お値段が結構高いですからね…。</p><p align="left">　トコちゃんベルトのパンフレットによると、妊娠するとホルモンの影響で骨盤内の靭帯が緩んで骨盤が開きやすくなるのだそうです。その結果、骨盤周りの筋肉が緊張し過ぎて痛むようになったり、臓器が下がりやすくなって子宮を圧迫し早産の原因になったりするのだそうです。</p><p align="left">　靭帯が鍛えてあればトラブルもないそうなのですが、妊娠してから靭帯を鍛えるのは無理、ということで、靭帯をサポートして骨盤が広がりすぎるのを防止するためにベルトを装着しましょう、ということなのでした。</p><p align="left">　トコちゃんベルトは色々な種類があるのですが、助産師さんに勧められたのは「トコちゃんベルトⅡ」というものでした。私の場合、多分Ｍサイズで大丈夫でしょう、と言われ、それを購入し装着しています。<br /><br /><!-- amazon -->
</p><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0014R47HU/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img class="sonet-asin-image" src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41-ean6vMsL._SL160_.jpg" alt="トコちゃんベルトII　白　Mサイズ" title="トコちゃんベルトII　白　Mサイズ" /></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0014R47HU/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">トコちゃんベルトII　白　Mサイズ</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: （有）青葉</li><li class="sonet-asin-label">メディア: Baby Product</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div>
<!--/ amazon --><br />　直接肌につけないでください、とあるので、腹巻も一緒に購入しました。<br /><br /><!-- amazon -->
<div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001BDR7RE/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img class="sonet-asin-image" src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/31cdPM6PTdL._SL160_.jpg" alt="アンダー腹巻Mサイズ2枚組" title="アンダー腹巻Mサイズ2枚組" /></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001BDR7RE/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">アンダー腹巻Mサイズ2枚組</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: （有）青葉</li><li class="sonet-asin-label">メディア: Baby Product</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><p>&nbsp;</p><p align="left">　<font size="1">（↑　この腹巻は長さが短いように思うので、同様なものを他で買ってもいいと思いますし、丈が長めのキャミソールなど下着の上からでも着用可能かと思います）</font> </p><p align="left">　装着するようになって1週間後くらいから、確かに腰痛が軽くなっている実感がありました。しかし、難点なのは<font size="4"><strong>装着の仕方が良く分からない</strong></font>、ということです。</p><p align="left">　パンフレットを見ると、骨盤付近の骨の説明があって、この位置につけろ、みたいに書いてあるのですが、自分の体でどれがそれにあたるのか、理解するのは無理だと思いました。</p><p align="left">　つけ方を詳しく載せているＨＰがあったので、それを参考にしました。<br />　<a href="http://www.kosodate.com/howtokobel2.htm" target="_blank">http://www.kosodate.com/howtokobel2.htm</a>　<font size="1">（子育てドットコムというお店のＨＰです）</font></p><p align="left">　骨の見つけ方も書いていて親切です。<br />　こちらのＨＰを見て、私はベルトを下につけ過ぎていた、ということが分かりました。座った時にベルトが折れているのは下につけ過ぎで、ベルトは一度折り癖がつくととれなくなります、と書いてあるのですが、時すでに遅く、もうしっかり折り癖がついてしまいました。。。　パンフレットにはそういうこと書いてないんですよねー…。</p><p align="left">　骨盤ケアの下着って今は色々出ていて、使ったことはまだないけど、身につけるのは簡単そうに思えるものばかりだと思うのです。このトコちゃんベルトも、正直なことを言うと、<font size="4"><strong>もっとどうにかならんのか</strong></font>、と思います。。。</p><p align="left">　骨盤高位の姿勢で締めすぎない程度に締めるって、結構大変です。クッションや枕だけではベちゃんこになってしまうし、腰を上げた時に位置がずれることが多いし、最適な締め具合というのが私はいまだによく分からない状態です。 骨盤高位ではいい感じの締め具合、と思っても、立つときつく感じたり、座ると食いこんでくるように感じたり。</p><p align="left">　締め方の説明も「下からすくいあげるように」とか、「ブランコにのってるような感じ」とか、具体的に分かりにくい表現が多いのです。</p><p align="left">　トコちゃんベルトをつけるようになって、しばらくの間は腰痛のひどいのが起こらなくなり、装着の仕方に不満はありながらも救世主のように思っていました。</p><p align="left">　しかし…、ここ数日でまた動けない級の腰痛が発生するようになりました。 腰痛との戦いはどうやら出産時まで続きそうです…。　はぁ～。。。</p><hr /><p>&nbsp;</p><p align="left">　なんだか不満たらたらな記事になってしまいました。<br />　次回は「プレママクラス」を受講した時のことを記録したいと思っています。 </p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>4回目の健診</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-11-17</link>
      <category>妊娠中期</category>
      <pubDate>Thu, 17 Nov 2011 18:33:03 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-11-17</guid>  
      <description><![CDATA[<p align="left">　すっかり御無沙汰してしまいました。年の瀬の近づきを感じる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。現在妊娠7カ月に入っております。更新が滞っている間にも、健診（2回）やプレママクラスなどがあり、書くことが溜まっている状態です。</p><p align="left">　なんでこうなってしまったかというと、1年間受講を続けてきた音声図書作成奉仕者の養成講座が終了し、その終了課題を提出しなければいけなかったから、でした。夏休みの宿題もぎりぎりまで手をつけないタイプなので、旦那さんや（多分）赤ちゃんにも協力してもらい、約1カ月かけ、作成したものをバタバタと提出し、なんとか無事に「活動してもよろしい」、というお知らせを頂くことができたのでした（´。｀;）ホッ。</p><p align="left">　その間、やり溜めていたことも色々とあって、ブログの方はさっぱり手つかずになってしまいました。お陰様で私も赤ちゃんも元気です。色々と事態が動いてはいるのですけど。。。</p><p align="left">　イベントを一遍に書くと長くなってしまうので、分けてアップしていこうと思います。</p><p align="left">　<br /><strong>【4回目の健診】</strong></p><p align="left"><strong><font color="#ff6600"><u>22w3d　（妊娠6カ月）</u></font></strong></p><p align="left">　10月下旬の某日、4回目の健診に行きました。この時はもう上着が必要な気候。前回までは夏服だったのに…。上着を脱ぎベルトも外して体重計にのってみたら、なんと体重が前回より<strong>3kg増</strong>になっていました。自分でもびっくり。。。</p><p align="left">　1時間強待って私の番になり、 前回同様、浮腫と子宮底長、腹囲の測定がありました。</p><p align="left">　浮腫：（－）　子宮底長：16　腹囲：78</p><p align="left">　先生の第一声は「<font color="#ff0000">3kgは増えすぎだね～</font>」だったと思います。<br />　その後、赤ちゃんの様子をお腹の上からのエコーで確認。もうモニタには全身が映らなくなっていて、体の一部分を確認するような感じで見ていました。全身の様子を見て、「おっ、動いてる～」と思っていた頃が懐かしいです…。<br />　初めて見えたのは赤ちゃんの背骨「おぬしも脊椎動物だのぉ～」と思ってしまいました。臓器は心臓、胃に続いて、肝臓も見えました。<br />　「性別知りたいですか？」と先生に聞かれ、分かるなら知りたい、と答えると、「<strong>男の子</strong>ですよ。はい、これがペニス」と教えてもらいました。でも、どれがお○んちんなのか、正直私にはよく分かりませんでした。<br />　胎動が段々活発になってきていて、キックというよりは回し蹴りかラリアットかと思うような激しいヤツを食らうことが何度かあったので、思わず「<font size="4">どーりで</font>」とつぶやいてしまいました。しかし、性別については、この後の健診で「<strong>女の子に見える</strong>」と言われています。まだはっきりとは分からないみたいです…。</p><p align="left">　超音波をあてていくうちに、先生がさらっと「<font color="#0000ff"><strong>低置胎盤</strong>ですねー</font>」と言いました。私も「あ、そうですかー」、とさらっと受け流しそうになったのですが、<strong>ちょっと待てよ</strong>、と思って、「特に問題ない、ということですか？」と聞くと、そうではないということが分かりました。<br />　胎盤が子宮の低い位置にあるので、このままの状態の場合、ウチじゃなくもっと大きい<font color="#0000ff">大学病院で出産してもらうことになる</font>、と言われました。　いやいや、そちらの病院も私の中では結構大きい病院だと思っていたんですがー？、と突っ込もうかと思ったのですが、動揺していて聞けませんでした。<br />　今おしっこ我慢してますか？と聞かれ、そうです、と答えると、尿がたまっていると胎盤が低く見えることがある、と教えられました。また、これから子宮底部が大きくなっていくので、それに伴って胎盤も上がっていくことが多い、とも教えられました。いずれにせよ、次回の健診で経膣からのエコーをするので、その時に胎盤と子宮の様子を詳しく確認しましょう、ということになりました。</p><p align="left">　胎盤の位置が低いとどうして大学病院で出産しなければいけないのか、という説明はその時はなかったのですが、WEBで見てみたところ、大量出血を起こす可能性がある、と書かれていました。分娩前に（多分帝王切開になるのでしょうけど）、輸血用に自前のものを採血したりもするらしいです。</p><p align="left">　一気に雲行きが怪しくなった気もしたのですが、ほとんどのケースで胎盤の位置が上がっていく、と言われたので、あまり深刻にはならず、楽観視していました。</p><p align="left">　その他、お困りごととして、<strong><font color="#ff0000">腰痛</font></strong>の話をしました。ちょうど妊娠6カ月に入った日の帰宅中に、歩いてられないくらいの腰痛が起き、同時に下腹部も痛くなり、お腹が張るような感じがありました。<font color="#0000ff">ヤバいような気がする～</font>（&gt;_&lt;）、と思いながら、駅までタクシーで行き、駅上のカフェで1時間位休んで、どうにか電車で空いている席をGetして帰宅したことがありました。<br />　家にいる時も、30分も台所に立っていると腰が痛くなって立ってられなくなったり、日常生活を送るのが結構しんどくなっておりました。<br />　妊娠中期の保健指導で、腰痛予防の「トコちゃんベルト」のお話がある、ということを、病院からもらったパンフレットで知っていたので、是非お話を聞かなければ、と思っていたのでした。<br />　その日に中期の指導がある、ということだったので、診察の後に助産師さんと詳しくお話をするように言われました。</p><p align="left">　最後に、次回の健診のことについて書かれたプリントを渡されて、説明がありました。<br />　内容は3点で、妊娠7カ月の健診時には<strong>糖尿病のスクリーニング検査</strong>があること（貧血の検査も同時に行う）、<strong>経膣超音波検査</strong>を行うこと、妊娠7カ月以上で経過に問題がない場合、<strong>助産師さんによる健診</strong>を受けることが出来るということ。ただ、私の場合、低置胎盤のままなら<font color="#ff0000">助産師外来はなし</font>、と言われました…。</p><p align="left">　次回が楽しみなような、怖いような、そんな健診になってしまいました。。。</p><p align="left">　診察が終わった後、妊娠中期の保健指導となりました。<br />　主にトコちゃんベルトのお話になるのですが、保健指導のことは次回の記事で記録したいと思います。</p><p align="left">　いつも記事が長くなってしまうので、できるだけ短く細切れに、頻度を上げてアップしていこうと思っております。。。<br />　寒くなってきていますので、風邪・インフルエンザにお気を付けください～。</p><p style="text-align: center" align="left"><font color="#808080">*つづく*</font> </p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>3回目の健診＆戌の日</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-09-29</link>
      <category>妊娠中期</category>
      <pubDate>Thu, 29 Sep 2011 21:03:48 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-09-29</guid>  
      <description><![CDATA[<p>　あんなに蒸し暑かったのに、すっかり秋らしくなりました。<br />　最近、体重の増加がハンパないです。ジーンズなど、今まで穿いていたものは太ももでひっかかって穿けなくなりました。お腹じゃなくて、太ももなんですよね。結構ショックです…。</p><p>　見た目ではまだ分からな

いねー、と言われるのですが、お腹が大きくなってきました。<br />　多分15週頃に、<strong><font color="#ff0000">胎動</font></strong>？と思うような下腹部の動きがありました。下腹部がポコっとなるような感じです。腸がうごめいているのかな～？、と思って、初めは気にしていなかったのですが、その後頻繁に感じるようになって、あれは胎動だったのだ、と分かりました。<br />　最近はきゅるきゅる～、という感じになることもあれば、パンチと思しきものを何発かくらうこともあります。食事中に感じることが多いので、栄養が来るゾ、と思って興奮しているのかもしれません（＾＾；。おもろいです。</p><p><br /> 先日、3回目の妊婦健診に行ってきました。</p><p><strong><font color="#ff6600"><u>18w3d</u></font></strong></p><p>　安定期に入って初めての健診です。前回元気な様子は見ていたけれど、4週間前のことだし、下腹部が痛むことが多かったので、不安な気持ちを抱えて病院に向かいました。</p><p>　診察前の一連の測定にはやっと慣れてきましたが、妊婦さんばっかりの待合スペースにはまだ慣れません…。</p><p>　16週以降になるとお腹の上からの超音波になり、前回と違う診察室＆先生になる、と言われていました。私の番になり、診察室へ。入るとすぐに台の上へ横になるよう言われました。看護師さんに促されて横になり、浮腫の確認と子宮底長、腹囲の測定がありました。今回が初めての測定です。浮腫は足を指で押してむくみをみていました。子宮底長は恥骨からへその下くらいまでを、腹囲はお腹の膨らんだところをメジャーで測っていました。「腹囲は『ウエスト』のことではありませんからね」と念を押してもらいました。</p><p>【測定結果】 <br />浮腫：（－）、　子宮底長：14㎝、　腹囲：72㎝</p><p> 　その後、お腹を出してください、と言われ、イヤンな所はタオルで隠してもらい、ジェルを塗られて超音波の検査が始まりました。今までと違ってカーテンの仕切りもないし、診察室も暗くなりませんでした。<br />　モニタに赤ちゃんの姿が映し出されました。前回ほどはグッと大きくなった感はなくて、CRL（頭からお尻までの長さ）は100．8㎜。もうCRLでは出産予定日を算出しません、と言われ、BPD（赤ちゃんの頭の横幅）を測定されました。BPDは42．6㎜。大体出産予定日く

らいの日付が表示されたので、週数相当に大きくなってくれているようです。</p><p>　心臓がはっきり動いているのを確認した後、胃が出来ているのも確認しました。手を握っているのが分かりますか？、と聞かれ、見てみると赤ちゃんは両手をグーの形で握りしめていました。指がはっきり見えてびっくりしたのです。その指は一体どんだけの小ささなのよ～。</p><p>　先生はじっくりとエコーを動かしながら、胎盤とへその緒の確認をしているようでした。サーモグラフィのよう

に色が変わる部分があって、そこが胎盤だ、と教わったと思います（←あまり良く分かってなかった）。　胎盤の真ん中からへその緒が出ているようだ、と言われたので、問題ないということですか？、と聞くと、今の時点ではそうだけど、週数が経たないと分からないこともあるので何とも言えない、と言われました…。</p><p>　もっと赤ちゃんを見ていたかったのに、胎盤＆へその緒の確認が終わると、モニタの電源はぷっつり切られてしまいました。もっと様々な角度から見てみたかった…。</p><p> 　次回もまた4週間後、ということで予約を取った後、下腹部の痛みを感じることが多い、と不安に思っていることを話してみました。下腹部全体が痛くなる、とか、出血を伴うようならすぐに連絡をするように言われ、それ以外の痛みなら、大きくなろうとしている子宮の生理的な痛みだから気にしなくてもいい、ということでした。</p><p>　健診はこれにて終了。安定期に入ってはいたものの、赤ちゃんが本当に無事なのかどうか

分からなくて、なかなか気持ちが安定することはありませんでした。でも、ちゃーんと成長しているのを確認出来て、やっと、<strong><font color="#993300">お腹の赤ちゃんを感じていいんだ～</font></strong>、って思えるようになりました。 ホントに、涙が出そうになったのです。 </p><hr /><p><strong><br />【戌の日のお参り】</strong> 　</p><p> 　安定期に入った、ということで、安産の祈願にも行ってきました。場所は<strong>雑司ヶ谷</strong>の<a href="http://www.kishimojin.jp/" title="鬼子母神">鬼子母神堂</a>です。昨年のちょうど今頃、お友達と一緒に鬼子母神を訪れており、子授けの絵馬を奉納していたのでした（その時のことを書いた記事→「<a href="http://comeonbaby.blog.so-net.ne.jp/2010-09-15" target="_blank" title="無事に・普通に・移植出来ますた。。。">無事に・普通に・移植出来ますた。。。</a>：2010年9月

　記事の最後に書いてます）。御利益があったのかな～、と思い、御礼参りを兼ねて安産の祈願をするなら鬼子母神で、と決めておりました。 </p><div align="center"><a href="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/DSC06814.JPG" target="_blank"><img src="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/m_DSC06814.JPG" border="0" alt="DSC06814.JPG" width="320" height="240" /></a></div><p><br />　そもそも「戌の日のお参

り」のことを知ったのは、同じ職場だった友人が妊娠した時でした。「お義母さんが『戌の日』にお参りに行くように、と言うんだけど、会社を休んでまで平日にお参りなんて行きたくない」、という話を聞いていたのでした。その時は全く同感だと思っていたのに、いざ自分のことになると神頼みしたい気持ちが強くて、旦那さんに会社を休んでもらい、旦那さんのご両親にも来てもらい、結構大きなイベントにしてしまったのでした。</p><p> 　事前に電話を入れると、予約可能ということだったので希望の時間を予約。祈願料は￥5,000～、腹帯は￥3,000で授けることもできるし、自分のものを持ってきても良い、ということでした。どうせなら毎日身につけるものをお祓い？してもらいたいなー、と思ったので、妊婦帯を購入し持参しました。</p><p>　当日、予約した時間の5分前位に到着。受付をして祈願料を払い、用紙の記入を済ませると、家族全員でお堂の一番奥の方へ通されました。ご本尊のまん前です。祈願は10分弱ほどだったと思います。名前と生年月日を連呼されるのがめっちゃ恥ずかしかった。名前はまだしも、生年月日はやめて～（&gt;_&lt;*）、みたいな。。。　</p><p>　祈願してもらっている間、子どもを授けてくださってありがとうございます、と心の中で唱え、無事に出産できますように、とお祈りしました。祈願をしたこの日は戌の日で「友引」だったので、昨年一緒にお参りしたお友達のところや、赤ちゃんを待っている人たちのところにも赤ちゃんがやってきますように、とお願いしました</p><div align="center"><a href="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/DSC06815-e5b8a.JPG" target="_blank"><img src="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/m_DSC06815-e5b8a.JPG" border="0" alt="DSC06815.JPG" width="240" height="320" /></a><br /><div style="text-align: right"><span style="font-size: x-small" class="Apple-style-span">鬼子母神の敷地にある、「子授けの大銀杏」です！</span></div></div><br /><br />　　祈願後に頂いたた品々です。お札とお供物、お祓いしてもらった妊婦帯を、ミミズクのイラストが描かれたオリジナル紙袋に入れて渡して頂きました。<br /><br /><div align="center"><a href="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/DSC06818-fb314.JPG" target="_blank"><img src="https://comeonbaby.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/m_DSC06818-fb314.JPG" border="0" alt="DSC06818.JPG" width="320" height="240" /></a></div><p>&nbsp;</p><p>　祈願の後は近くのケヤキ並木沿いにある喫茶店、キアズマ珈琲で一休み。その後、新宿へ移動して会食、となりました。旦那さんがお義母さんのお腹の中にいた時の話とか、色々お話を聞けたり、これから生まれる赤ちゃんのことであれやこれや話しをするのも楽しかったです。お陰様で、良い祈願の日を過ごすことができました。 </p><hr /><br /><strong>【赤ちゃんを迎える準備スタート】</strong><p> <br />　気持ち悪く感じることはもうほとんどなくて、今何を

しているのか、と言えば、<font color="#ff6600">赤ちゃんを迎える準備</font>を始めています。</p><p>　家族がもう一人増えるわけですから、物も増えるだろう、ということで、家の中の不要なものをバンバン捨てています。<br />　我が家では昨年から旦那さんが<font color="#0000ff">断捨離モード</font>に入っていたのですが、赤ちゃんを迎えるために私も加勢し断捨離を進めています。昔の「思ひ出の品」がわんさと出てきて、整理するのは本当に大変だったのですが、何が自分にとって大切なことだったのか、見つめ直して確認することができましたし、いろんな方からの善意をもらって自分が生きてきたことを確認することができました。</p><p>　今は「<strong>スキャンして捨てる</strong>」という選択肢があるので、優柔不断な私でも整理をすることができています（＾＾；。<br />　不要なものを片づけていくと、普段の生活を快適にしたい、という気持ちも生まれて、今まであり合わせの家具でやり過ごしてきた我が家の中も、少しずつ使いたいと思うインテリアに変えていっています。生活に満足感が生まれております。</p><p>　もう一つ、赤ちゃんを迎える準備をしていることは「<strong>お金</strong>」です。これまで、秘密主義の旦那さんと無計画な私の間で冷たい戦争が勃発したこともあったのですが、子どもにかかるお金を用意しなければ、という気持ちのもとで一致・和解し、家計の現状を把握して見直し、貯金を始める、という行動をおこしています。</p><p>　私は個人的にお金との付き合いが悪いというか、お金に対して良い感情をもったことがないし、恩恵を受けている実感もなかったのですが、お金と向き合うことで有難みを感じられるようになりました。大事にしなければ、と思ったのはもちろん、自分が購入・消費するものに自信が持てるようになったような気がします。罪悪感を感じなくなったといいましょうか…。「お金を払うお陰で手にすることができる」、という感覚に変わっています。</p><p>　赤ちゃんのためにしている色々なことを通して、自分の生活習慣や考え方を修正してもらっているような気がしています。すごいですよ、赤ちゃん。キミは一体どんなパワーの持ち主なのだ～（＾＾；。</p><p> <br />　これからも体調に気をつ

けて、無理せず赤ちゃんを迎える準備をしていきたいと思っています。<br />　気温差が激しい日が続いています。風邪などひきませんよう、お体ご自愛ください。</p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>2回目の健診</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-08-29</link>
      <category>妊娠初期</category>
      <pubDate>Mon, 29 Aug 2011 17:27:19 +0900</pubDate>
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      <description><![CDATA[<p>　まだ暑い日が続いていますが、夜になると虫たちが奏でる良い声が聞こえてくるようになりました。空に浮かんでいる雲も、秋の雲です。</p><p>　もうすぐ8月も終わりですが、<strong>こんなに長い1か月が今まであっただろうか</strong>、と思うくらい、この8月は長かった…（まだ終わってないけど…）。<br />　そろそろ抜けると思われたつわりがなかなか抜けず、気持ち悪さを感じる日々が続いていました。気温が高くて暑く、高温が続いている私自身も暑くて、気持ち悪さが続いていたので、ついつい冷たいものに手が伸びていました。<br />　暑さのピークを迎えていたお盆休みの頃、激しい腹痛と下痢で思いっきり体調を崩してしまいました。夜もよく眠れないことが多くて、体力が低下し夏バテしたのだと思います。うだるように暑いのに、口にするのは毎日お粥やうどん、ぬるいポカリばかり…。エアコンもずっとつけていると気持ち悪くなってきてしまうので<font size="1">（あたしゃ年寄りかっ）</font>、横になっているのもしんどかった…。</p><p>　激しく下痢をしたので、赤ちゃんに影響がないかとても心配していました。栄養がいってないんじゃないか、とも思ったり…。</p><p>　妊婦健診まであと1週間、というところで基礎体温が徐々に下がり始めて、健診前に病院に行った方がいいのか、かなり迷いました。基礎体温はその内下がってくる、と聞いてはいたけど、確か15週以降だと記憶していて、 ちょっと早いんじゃないか、と思ったのです。</p><p>　他にも、おりものシートにうっすらピンクのものがつく日がずっと続いていたりして、毎日不安を抱えていました。病院に行きたい気持ちを抑え続けて、やっと健診の日を迎えました。</p><p><strong><u><font color="#ff6600">14w4d</font></u></strong></p><p>　<strong>私はこの日をどんだけ待ちわびたのさっ</strong>、と思いつつ、不安いっぱいな気持ちで分娩予定の病院へ行きました。受付をした後は受付表と受診表、母子手帳を産婦人科のクラークの方へ渡し、採尿→体重・血圧測定をし、プリントアウトされた測定結果をクラークの人に渡してから、順番が来るのを待ちます。</p><p>　1時間ほど待って診察室へ呼ばれました。不安に思っていたことや最近の症状などを話した後、超音波で赤ちゃんの様子を見ることに。</p><p>　まず、出血がないかどうかを確認してもらい、子宮からの出血はない、と言われました。とりあえず大丈夫なようです。。。</p><p>　その後、超音波の機械が入り、しばらく沈黙が…。モニタを使用する時は室内の電気が落とされるので、診察室の中は暗いのです。目をつぶっていると真っ暗で、赤ちゃんもこんな風に真っ暗な中にいるのかなー、と思いながら、祈るような気持ちでカーテンが開けられるのを待っていました。</p><p>　内診台を囲っているカーテンが開けられ、モニタを見せてもらいました。<strong><font color="#ff6600">赤ちゃん、大きくなっていますよ</font></strong>、と声をかけられ、心から安堵しました。　</p><p>　大きさは75.6㎜。以前はチカチカしていた心臓も、ドクドクと力強く動いているのが良く見えました。この日は赤ちゃんに余り動きがなくて、どうしたのかなー？と思っていたら、手足をゆらゆら動かし始めました。まだ2.5頭身くらいで、手もドラえもんみたいに見えるんだけど、足がはっきり見えてよく動くようになりました。嬉しくて、無事でよかった…、って何度も思いながらモニタを見ていました。</p><p>　特に問題はない、ということで、4週間後にまた健診、となりました。<font color="#0000ff">あぁ…、また4週間後か……</font>。次回からは別の診察室で受診になり、経膣ではなくお腹の上からあてる超音波になる、ということでした。</p><p>　前回の健診後に採血をした血液検査の結果もでていました。梅毒や各型肝炎、HTLV-1、風疹など、必要な項目が一斉に検査されていたのでした<font size="1">（どーりで、補助券使ってるのにめちゃくちゃ高かったわけだ……）</font>。検査はすべて問題ないとのこと。血糖やタンパクも出ていないので、今のところ赤ちゃんも私の方も特に問題はないようです。</p><p>　前回の健診の時には、この後採血や保健指導があって更に待たされたのですが、この日は診察のみだったので、これで終了。安心し過ぎて、ちゃんと身支度していなかったらしく、Tシャツがめくれて変になっていたのを、待合の椅子にかけていたおばさまに直してもらいました…。恥ずかし～。</p><p>　私がまだ分娩の病院に慣れていない、ということもあると思うのですが、やっぱりキネマが良かったな～、と感じます。自分がいかに恵まれた環境で治療を受けていたのか、他の一般の病院に行くようになって初めて分かりました。それは施設や設備の面ではなくて、やっぱり「人」なのかなー、と思うのです。あのきめ細かい対応はなかなか望めるものではないのだな、と…。キネマで分娩まで出来ればいいのにな―、と思ってしまいました。</p><p>&#160;</p><p>　妊娠4カ月に入れば少しは安心できるだろう、と思っていたのに、少しも安心することなく、もうすぐ妊娠初期の時期が終わろうとしています。</p><p>　つわりは確かになくなりつつあって、最近、夕食が普通に食べられるようになってきました。でも気持ち悪さはまだ残っていて、特に夕方以降気持ち悪いというか、具合が悪くなってきてしまいます。それでも、ピークだった時と比べると、随分楽になっています。</p><p>　13w頃から下腹部がでてきているような気がしていて、体重が増えているせいかなー？、と思っていたのですが、最近、明らかに前へせり出してきているのが分かるようになってきました。触ると硬く張りがあるので、確かにこれは脂肪ではない（＾＾；。慌てて妊娠線予防のオイルを塗っております<font size="1">（といっても、もともと自宅にあったスイートアーモンドのオイルなのですが…）</font>。傍目ではまだお腹が出ているのは分かりませんが、ストレッチの入ったワンピースなどを着ると一目瞭然になっています。<br />　オイルを塗っている時は妊娠している実感をダイレクトに持つことができます。私にとっての至福の時間となっております…。</p><p>　下着やボトムスなどが、今まで着ていたものではしんどくなってきました。早いとこマタニティ用のものを調達せねば、と思っています…。</p><p>　もう1つ気になっているのは、肌がとても敏感になっていることです。今まで使っていた基礎化粧品で肌がピリピリするようになり、にきびが出来やすくなりました。<br />　化学繊維の服を着ると肌がチクチクして、汗をかくと全身が痒くなります。綿とか、天然素材のものを着ればいいんでしょうけど、昨今の服は化学繊維で出来ているものばかりなのです<font size="1">（単に私がそういう安物の服しか持っていないからでしょーか…）</font>。　<br />　汗をかいたらシャワーを浴びると良い、と聞くのですが、こう暑いとシャワーを浴びた傍から汗をかいてしまいます…。もう、<strong>どーせーっちゅーねん</strong>、という感じ…。</p><p>　多分、生まれてくる赤ちゃんは同じくらい肌が敏感なのだろーなー、と思います。赤ちゃんが嫌な思いをしないためにどうしたらいいか、考えながら自分の肌ケアをしていきたいと思っています…。</p><p>&#160;</p><p>　ちょっとずつ過ごしやすくなってきました。9月2週になれば安定期に入ることができます…。<br />　でも、4カ月に入れば…、と思っていても全く安心できなかったのと同様、<font size="4">安定期に入っても、結局安心できないのではないか</font>、とも思っています。それでも、少しずつ気持ちに余裕が出てきているのは確かです。</p><p>　時よ早く過ぎて、赤ちゃんと対面させておくれ～、と、つい思ってしまうのですが、そんな時ほど、<strong>ゆっくり毎日を過ごそう</strong>、と思うようにしています。今大事なのは赤ちゃんがその日の成長をちゃんとすることだと思うので…。私自身についても言えることなのかもしれません。ゆっくりゆっくり毎日を大事に過ごして、気がついたら次の健診だった、みたいなのが今の理想です。</p><p>　季節の変わり目が近いですから、気をつけてお過ごしください。</p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>黄体ホルモンとの格闘？の末、卒業</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-08-09</link>
      <category>凍結胚移植周期</category>
      <pubDate>Tue, 09 Aug 2011 21:52:34 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-08-09</guid>  
      <description><![CDATA[<p>　寝苦しい日が続いているのに暦の上ではもう秋で、なんだかんだいって妊娠4カ月に入っております。休みの日になると横になってしまうことが多くて、通院の頻度にブログの更新頻度が追いつかず、放置状態になっておりました。</p><p>　お陰さまで、不妊治療のクリニックへの通院が終わり、先日「卒業」となりました。さかのぼって治療が終了するまでの記録をしておきます。</p><p><strong><font color="#ff6600"><u>・9w1d<br /></u></font></strong>　前回の通院から1週間後に再来。膣座薬を1週間続けて測った採血の結果は<strong>P4:39</strong>。前回が29.73だったので、グンと10くらい増えていました。膣座薬をやめて飲み薬（デュファストン）にしても大丈夫でしょう、ということで、デュファストンへ再度変更です。念のために3日後にもう一度P4の検査をして、黄体ホルモンが急激に下がっていないかチェックすることにしました。</p><p><font color="#ff6600"><strong><u>・9w3d</u></strong></font><br />　この日の結果は<strong>P4:31</strong>。膣座薬をやめているので、これは純粋に赤ちゃんが出している数値とのこと　十分に出ているので、薬の量を減らしてもいいでしょう、と言われ、1日3回（1日6錠）だったデュファストンを1日2回（1日4錠）に変更しました。飲み薬に変更してから1週間後に当たる10w1dに再度血液検査をし、十分な量が出ていたら薬の服用を終えてもいい、と言われました。もうすぐ「卒業」なのかなっ、と期待に胸膨らませておりました。</p><p><font color="#ff6600"><u><strong>・10w1d</strong></u></font><br />　どーかな～？、と期待して測った血液検査の結果は<strong><font color="#ff0000">P4:16.4</font></strong>。　<font size="4">あれっ？？</font>、と思った。前回の半分くらいの数値に下がってる？　どうして？？？　頭の中で「？」のマークと、<font color="#0000ff">いや～な予感</font>とがぐるぐる回っていました。<br />　流産する時は黄体ホルモンがこんな風に下がるのでしょうか？、と質問してみたのだけど、黄体ホルモンが下がったからと言って流産するわけではない、と返され、イマイチ腑に落ちない気持ちでした。</p><p>　内診室で赤ちゃんの様子を確認すると、赤ちゃんはぐっと大きくなっていて33㎜、心拍も187bpmで、そんなに早くて大丈夫なんか、と思うほどにしっかりしていました。赤ちゃんの元気な姿を見れたし、P4＞10ならば心配ない、と言われたものの、どっぷり不安感に覆われていました。</p><p>　デュファストンはもう少し継続し、4日後に再度検査、ということになりました…。</p><p><font color="#ff6600"><u><strong>・10w5d</strong></u></font><br />　また半分位に減っていたらどうしよう、とか、ついにはゼロになっていたらどうしよう、とか、悪～い予感ばかりを抱えて来院。採血の結果は<strong><font color="#ff0000">P4:17</font></strong>。　どうやらこれくらいの数値で黄体ホルモンが安定してきた、ということのようです。良かったよ～～～（TOT)。</p><p>　晴れて薬はもう飲まなくていい、ということになりました。薬をやめた後も黄体ホルモンチェックしたいですか？、と聞かれ、<font size="4">お願いします</font>、と答えました。<font size="4"><strong>普通はしないですけどね</strong></font>、と言われたのですが、念のため……。抜かりなくしたかったのです。</p><p>　薬を服用しない状態でも黄体ホルモンが安定していたら卒業、ということになりました。</p><p><font color="#ff6600"><u><strong>・11w1d</strong></u></font><br />　採血の結果、<strong><font color="#ff0000">P4:17.7</font></strong>。安定していました　もう大丈夫なようです。<br />　診察の度に赤ちゃんの様子も確認していたのですが、しばらく会えなくなるな～、と思い、この日も超音波をお願いしました。赤ちゃんは45.8㎜。胎嚢は相変わらず小さいように見えるのですが、もう気にしなくていい、と言われました。9wあたりから赤ちゃんがゆら～っと動くのが見えるようになっていたのですが、動きはどんどん活発になって、この日は頭をくるっと動かしたり、手をフンっと振るように動かしたりしていました。元気そうで本当によかったよ～～。</p><p>　しょっちゅう不安がっていた私に、最後の診察をしてくれた院長先生が色々お話してくれました。<br />　不安になるのは誰でも一緒で、出産の日までそれは変わらないのだから、<strong>不安になる自分を責めなくていい</strong>し、<strong>不安になることに慣れてください</strong>、と言われました。<br />　院長先生は産科医もされていたそうなのですが、無事出産する日までは、妊婦さんを診ている医師側にも不安な気持ちはあるのです、とも言ってくれました。きっと色々なケース・お産を診てきたんだろーなー、と思います…。<br />　不妊治療を終えても、「卒業」という言葉は使わないし、「おめでとう」とも特に言わない、ということでした。<strong><font color="#ff9900">「おめでとう」は赤ちゃんを無事に出産して初めて言えることだから</font></strong>、と……。その言葉に実感が込められているのを感じて、これまで不妊治療頑張ってきたけど、これからは出産のために頑張っていこう、と思えました。</p><p>　ちなみに、最後の診察のこの日に、今までずっと気になっていたことを質問していました。私は極端な子宮後屈で、お腹の方へ前傾しているはずの子宮が、後ろへぱったり倒れています（そのために移植や子宮癌検査では痛い思いや大変な思いをしてきました…）。結婚してまだ1年位の頃、下腹部痛が気になって婦人科を受診したことがあり、そこでも子宮が極端に後屈であることを指摘され、「<font color="#0000ff">あなたは妊娠したとしても流産するだろう</font>」と言われたことがあったのです。<br />　妊娠にすら至ることがなかったので、今までそんなに気にしていなかったのですが、赤ちゃんが無事に経過していくごとにその言葉が思いだされて、不安がどんどん増していました。特に、12週までの流産は主に染色体異常という赤ちゃん側の原因であるのに対して、これから迎える12週以降は母体側の原因で流産になる、ということを知ってからは、魔の予言のような言葉が現実味を増しているように思えたのです。<br />　<br />　しかし、<strong>子宮後屈が流産の原因にはならない</strong>、と院長先生にはっきり言ってもらいました。私自身も、後ろに倒れている子宮がどうやって大きくなっていくのかイメージすることができなくて、言われたことを半ば鵜呑みにしていたのですが、産科医をされていた先生にそう言ってもらえたので、ようやく安心することができました…。</p><p>　会計を待っている間、看護師さんが来て、これで治療は終了になります、と伝えてくれました。いつも薬の説明を丁寧にしてくれていた看護師さん。何かと困ったチャンな私に、キネマの看護師さんは本当によくしてくれたよなー、と思います。</p><p>　受付の方にも会計時に御礼を言い、クリニックを出ました。新しいビルに移って、クリニックの中も変わって、長く通ったという実感が薄らいでいたのですが、蒲田のこの界隈に来ることももう少なくなるのかなー、と思うとこみ上げてくるものがありました。治療を始めたのが2008年の11月。終了するまでに2年9カ月の歳月が流れておりました。移植をしてからは約2カ月、もうすぐ妊娠4カ月というところで「卒業」となりました…。</p><p>　この日の夜、ベッドの中に入って旦那さんと色々話をして、就寝しようとした時、何とも言えない不思議な気持ちになって涙がぼろぼろっとこぼれてきました。悲しいのでも嬉しいのでもなく、とにかくあらゆるものに感謝したい気持でいっぱいになったのです。こんな風に感じて涙が出るのは初めてでした。出産までの道のりはまだまだ遠くて、多分やっと3合目くらいのところに来たのだけど、卵の時から赤ちゃんを育てて見守ってくれたクリニックの人たちのためにも、赤ちゃんを大事にしていこう、って思いました。<br />　</p><p>　「卒業」しても、もちろん不安な気持ちはありまして、1週間も赤ちゃんの様子を見ていないと落ち着かなくなってきます。<br /><br />　体調のことを言うと、8wに入った頃から、明らかに今までと違う次元で具合が悪くなるようになりました。首から胸にかけて気持ち悪く、頭が痛くて熱っぽい感じがあり、下腹部が痛いor重苦しい感じです。夕方以降気持ち悪かったのが午前中からになり、辛さのピークは午後2～3時でした。夕飯を食べるのがさらに苦痛になり、入らないよー、と言いながらちびりちびり食べていました。<br />　その辛かった時期は10wくらいからなくなり始め、最近では割とフツーに感じる時が多くなりました。たまに気持ち悪く感じる日もあるのですが、徐々につわりが抜けつつあるようです。楽なつわりがもう終息に向かっているようなので、その点ではラッキーさんだった、ということになりそうです…。</p><p>　もうすぐお盆なので、実家の両親にも妊娠している件を伝えました。本当は安定期に入ってから伝えたかったのですが、帰省の話が出てくる頃だったので…。<br />　叔父の初盆があるので、当初は帰省する気満々でした。でも、お盆のスケジュールを親に聞いてみると、仙台～一関～宮古の各墓地を車で駆けめぐるという、妊娠していなくともハードに感じるような移動予定だったので、断腸の思いで帰省を諦めることにしたのです。<br />　一応、クリニックでも帰省のことを相談したことがあって、妊娠中に特に制限されていることはないのです、と話された上で、あくまで自己の判断になると伝えられました。絶対に大丈夫、というものもない、という話もされたと思います…。<br />　後からしなければ良かった、と思う結果になるようなことは極力しない方がいいだろう、と思い、「行かない」という判断をしました。妊娠をすごく喜んでくれた母親も、「やめといた方がいい」と言ってくれました…。<br /><br /><br /><br />　このブログを始めたころは、妊娠して不妊治療が終了したらこのブログも終わろう、と思っていました。でも、<strong><font color="#ff9900">不妊治療の本当のゴールは出産である</font></strong>と理解できたので、赤ちゃんと対面できる日まで更新は続けていきたいと思います。更新頻度は相変わらずのペースかもしれませんが。。。</p><p><br />　暑い日が続いていて、どうやら私も夏バテが入って来ているようです。皆さまもどうぞ夏バテ・熱中症にお気をつけください。<br />　夏を乗り越えれば安定期が待っている…、はずなので、なんとかしのいでいきたいと思います。がんばるぞ～。</p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>妊娠3カ月に入った。</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-07-17</link>
      <category>凍結胚移植周期</category>
      <pubDate>Sun, 17 Jul 2011 16:04:07 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-07-17</guid>  
      <description><![CDATA[<p>　3連休はいかがお過ごしでしょうか。<br />　なでしこジャパンの活躍に鼻息を荒くしております。実は、大学に入学したばかりの頃、女子サッカー部にいたことがあるのです…。夏前にはもう辞めていたんですけどね。</p><p>　黄体補充の方法を変えたことや、胎嚢が大きくなってないことが気になって、毎日不安がって過ごしていました。しかもそんな時に旦那さんが海外出張で1週間いなくなることになり、ひとりぼっちで手術を受けている光景ばかりが目に浮かんで、どうしようもなく不安になっておりました。</p><p>　万が一の時のために、旦那さんのご両親にサポート＆ヘルプをお願いして、前回の診察から1週間経った日、キネマに行ってきました。</p><p><strong><u><font color="#ff6600">・<strike>7w4d</strike>　→　やっぱり8w1dとのこと。。。</font></u></strong></p><p>　採血の結果を待っている間もドキドキです。もし黄体ホルモン値が上がっていなかったらどうしよう、と嫌なことばかり考えていました。</p><p>　診察室へ呼ばれて告げられた値は、<font color="#ff0000">P4:29.73</font>。膣座薬のお陰でぐっと増えたけど、デュファストンに変える前より減ってしまっているのが気になりました。赤ちゃんが自力で出していた黄体ホルモンがなくなってしまったのでは、と思ったのですが、誤差の範囲、と言われました。</p><p>　内診室で赤ちゃんの様子を確認すると、胎嚢も赤ちゃんも随分大きくなっているのが見てとれました。赤ちゃんは14.9㎜、胎嚢は28.2㎜。心拍もOKとのこと。</p><p>　赤ちゃんの大きさは週数相当なのですが、胎嚢はやはり1週分くらい小さいようです。でも、このくらいなら気にしなくてもいい、と言われました。やっとちょっと安心…（´o｀;）ほっ。</p><p>　ネットを見ていると、胎嚢の形が悪くても流産する、とか気になることが色々出てくるので、危なそうな様子はないでしょうか？、と質問してみると、「<font size="4">あったら話してます</font>」と言われてしまいました。　順調か順調じゃないか、と聞かれたら、順調だけど、<font color="#ff0000">大丈夫かどうかは出産の日まで分からない</font>、とも言われました…。妊娠・出産って、やっぱりそういうものなんですよね…。</p><p>　1週間後に再び診察となり、追加の膣座薬を頂いてこの日は終了。<br />　スタンバってもらっていた旦那さんのご両親に電話で報告し、旦那さんにもメールで報告しました。とりあえず、ひとりぼっちで手術、という事態はなくなった、と思って、安心して午後は爆睡してしまいました…。</p><p>　実はその日の夕方、横断歩道を渡る時に、段差のある車道へダーンと思いっきり降りてしまって、たちまち不安モードになっていました。ついさっきまで安心できた、と思っていたのに…。他にも、体の症状が軽く感じては不安になったり、生理の時のような腰痛があると不安になったり、相変わらず心配性な生活を送っております。。。</p><p>&#160;</p><p>　8週に入ったということで、なんと、<strong>妊娠3カ月に突入</strong>することができました。ひと月が過ぎた、というのが信じられない気持ちです。</p><p>　これから1か月くらいがつわりの辛い時期、と世では言われているのですが、今のところそんなに辛くないです。私の傾向として、気持ち悪さが出るのは夕方以降、食べ物のにおい（かの有名な「ご飯の炊けるにおい」とか）は全く問題なしです。ただ、人が発する臭いには敏感になっているようで、お年寄りの加齢臭とか、男性の方の汗と香水が混ざったにおい、タバコを吸ってる人の体臭にとても敏感で、「うっ<font size="2">(-&quot;-;)</font>」となることがあります。でも、「おえっ」となったことはまだないので、大分楽なのかなー、と思います。</p><p>　食事に関しては、夕飯を食べるのが結構苦痛で、1時間くらいかけて食べている時もあります。ばっかり食いとか、好きだったものがダメになるとか、よく聞く話も私の場合、今のところありません。<br />　<br />　脇のほうが痛かった乳房は今は下の方を中心に全体的に痛くて、うつぶせになれないくらいです。</p><p>　移植後からずっと続いていた少量の出血は7wに入った頃からなくなりました。膣座薬に戻して復活するかと思いきや、ぱったりとない感じです。</p><p>　もしこのままつわりの時期が過ぎたら、軽くて済んだラッキーさんになるのでしょうけど、実際本当に妊娠しているのか分からなくなる時もあって、それはそれで不安になるのです…。</p><p>　こんな毎日不安に思って過ごしていて、今までの努力は何だったのだろう、と思う時があります。私が不安に思ったって、赤ちゃんにとっては一つもためにならないのにね…。<br />　無事に経過するかどうかまだ分からないけど、もう少し今を幸せに感じて、幸せの恩返しのために赤ちゃんを大事にしたい、と思っています。自分の人生を見失わずに生きることも、恩返しになるのかなー、とも思っています。</p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>不安は尽きず…</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-07-07</link>
      <category>凍結胚移植周期</category>
      <pubDate>Thu, 07 Jul 2011 21:00:00 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-07-07</guid>  
      <description><![CDATA[<p>　ぐっと暑くなって、寝苦しい日が続いています。いかがお過ごしでしょうか。<br />　鼻をかすめていたクチナシの花の香りも影をひそめてしまいました。</p><p>　妊娠判定を初めてパスした後、胎嚢、そして心拍の確認までできました。<br />　でも不安に思うことは毎日尽きなくて、相変わらず一喜一憂の日々を送っています…。<br />　<br /><strong><u><font color="#ff6600">・5ｗ5d？</font></u></strong></p><p>　妊娠判定から1週間後の診察で胎嚢を確認しました。内診室でエコーの画面を見たときには、いつも卵胞チェックの時に見ていた、卵巣の中にある卵胞なのかと思ってしまいました。</p><p>　ご主人もどうぞ、と言われ、後から旦那さんも内診室に入って、二人で赤ちゃんの入っている袋の画像を眺めました。</p><p>　大きさは最大径で12㎜ほどでした。中にかすかに塊が見えて、「卵黄嚢（らんおうのう）が見えますね」と教えてもらいました。卵黄嚢は赤ちゃんが使う栄養袋。胎盤ができるまでこの袋から栄養をとるのだそうです。</p><p>　残念ながら、肝心の赤ちゃんはこの時にはまだ見えませんでした。</p><p>　診察室へ戻って血液検査の結果を伝えられました。<font color="#ff0000">P4:29.6</font>。P4＞10をキープしていればいい、ということなので、ちょっと多いくらいとのこと。黄体補充の膣座薬を減らしてもいいかもしれない、と言われましたが、とりあえず今回は今までと同じ量でいきましょう、ということになりました。</p><p><br /><strong><u><font color="#ff6600">・6w3d（と言われた）</font></u></strong></p><p>　無事胎嚢が確認できたので、分娩の予約を近所の病院でしてきました。キネマで作成してもらった紹介状を持参。実は近所の病院の産婦人科は初診がすぐにはとれなかったので、ちょっと焦りました。出産予定の2月下旬はまだ余裕があるから大丈夫ですよ、とは言われたんですけど…。</p><p>　周りは立派なお腹をした妊婦さんばかりで、無事出産できるかどうかも分からない、不妊治療あがりの私には、若干肩身が狭く感じられました。</p><p>　診察室へ呼ばれて紹介状を渡し、内診台でお腹の様子を確認すると、初めてモニタに赤ちゃんの様子が映し出されました。まだ測れないくらい小さい、と言われてしまったのですが…。でも姿を確認できて安心しました。</p><p>　出産予定日に変更はない、と言われたので、分娩予約は無事取れたようです。「予約票」みたいなものでも渡されるのかと思ったんですが、そういうのは存在しないみたいで、書面では何も渡されませんでした。ちゃんと予約がとれてるのかイマイチ不安ではあります…。妊婦健診もここで受けますか？と聞かれて、「へ？」と思ってしまいました。里帰りじゃなくても、健診と分娩を別の病院でする、ということも可能なんですね…。首都圏のお産事情に戸惑うばかりでした。</p><p>　診察が終わって、看護師さんから母子手帳のもらい方などの説明をしてもらいました。診察の時に私がかなり不安がっているのを察してくださったのか、体の症状のこともお話してもらいました。お腹が痛く感じるのは通常のことだということ、少量の出血などの症状については経過観察しか今はできないこと（キネマでもそう言われていたんですが～…）、妊娠初期の症状は人それぞれで、ちょっと眠くなっただけ、という妊婦さんもいる、ということ。ただ緊急事態があった時にはすぐに連絡してください、と言われました。看護師さんとお話できて気持ちが楽になったように思います。初診の先生はけっこーキビシイ感じだったんで、フォローしてくださってありがとう、という感じでした。</p><p>　病院から帰る足で母子手帳をもらいました。まだ不安定なこの時期に、もうもらっちゃっていいんだろうか？と若干気が引けたんですけど…。大田区は「母と子の保健バッグ」と称して、母子手帳と妊婦健診の割引券、各種資料などがひとまとめになったものを配布しています。是非とも必要なものから、そうでもなさそうなものまで、どばっと一気にもらいました。</p><p><strong><u><font color="#ff6600">・6w4d（と思っていた）</font></u></strong></p><p>　分娩予約を取った翌日がキネマの診察。赤ちゃんの様子は前日見ていたのであまりドキドキしていなかった。でも、内診室でエコーの様子を見たら、なんと心拍の確認をすることができました。赤ちゃんの大きさは5.6㎜。モニタの画面がたちどころに2分割され、片側に心電図のような画面が映し出されました。心拍は121bpmのようでした。</p><p>　出血が気になっていたのですが、子宮からの出血は見当たらず、卵巣の腫れもありません、と言われました。</p><p>　<font color="#ff0000">P4</font>は<font color="#ff0000">33.9</font>。これから先に形成される器官（生殖器官と聞いた気がします）は黄体ホルモンが多すぎると良くないので、黄体補充を膣座薬ではなく内服薬（デュファストン）に変えましょう、と言われました。</p><p>　デュファストン、と聞いて、一瞬躊躇したのですが、多すぎるのも良くない、ということなので、飲み薬に変えることにしました。薬を変えた後の様子を確認するために、3日後くらいにもう一度血液検査をしましょう、ということでこの日は終了。</p><p><strong><u><font color="#ff6600">・<strike>7w1d</strike>　この日が6w4d （と言われたー。よく分かりまへん。。。）</font></u></strong></p><p>　あまり緊張感なく採血し、診察室に入ったところ、<strong><font color="#ff0000">P4:<u>4</u></font></strong>と告げられました。顔から血の気が一気に引いて行くのを感じました。やっちまった、と思った。前回は30以上もあったのに…。<font color="#0000ff">ダメかも</font>、と思ってしまった私の様子を見て、先生が「内診室行きますか？」と聞いてくれました。</p><p>　エコーで確認すると赤ちゃんはちゃんといて、7.1㎜になっていた。心拍も確認できた。もやもやしつつも、とりあえず大丈夫なのかな？と思えました。</p><p>　服用しているデュファストン分の黄体ホルモンは数値に上がってこないので、4という数値は純粋に赤ちゃんが出しているホルモン値になるのだそうです。10以上ないといけないP4値、足りない分は薬で補えているはず、ということなんですが…。</p><p>　服用薬は膣座薬と違って代謝されてしまうため、どれくらいの量を具体的に補充できているのか、というのは個人差があって分からない、ということでした。<br />　ほんっとーーに、感覚的なことでしかないのですが、なんとなく、デュファストンをはじめとする合成ホルモン剤は、私の体質にあっていない気がするのです。黄体補充できている、という実感を持ったことが一度もありません（実感するようなものじゃないかもしれないですケド……）。　</p><p>　このまま薬を続けてまた数日後に様子をみるか、膣座薬に戻すか、選択しなければなりませんでした。心配性なら膣座薬、と言われ、心配性の私は膣座薬に戻すことをお願いしました。黄体ホルモンの量も、30くらいなら自然周期で多い人はそれくらい出るので、多すぎるということはない、というお話でした。50くらいになら減らす必要はある、とのこと。</p><p>　1週間膣座薬を続けて、またホルモン値と赤ちゃんの確認、ということになっています。</p><p>　怖くて先生に聞けなかったのですが、実は胎嚢があまり大きくなっていないのです。最初に胎嚢の確認が出来た時に12㎜くらい、その1週間後で15㎜くらいで、そこからほとんど大きさが変わっていないようなのです……。嚢の中の赤ちゃんは成長しているんですけど…。胎嚢が大きくならずに流産した、というケースもあるようで、ものすごく心配しています。しかも、大きくならなかった原因が、黄体補充の方法を変えたから、だったとしたら、私は自分を一生責め続けて生きていきそうな気がします……。ダメなんですよ、私は。黄体ホルモンに関しては、抜かりなくしないと絶対ダメな人なのに、順調そうに思えて気がゆるんだんだと思います…。</p><p>　できることは、毎日せっせと膣座薬を入れ続けることと、経過を見守ることだけです…。赤ちゃんがどう育ってくれるか、ということも、私の手の届かないところで進んでいることです…。</p><hr /><p>　<br />　いったん一区切りをつけて、今周期のまとめをしておきます（妊娠判定まで）。</p><p><strong>【凍結融解胚移植】<br /><br /></strong>　孵化中胚盤胞BB（5BB）を1つ移植<br /> 　（2010年9月に採卵→ICSIで授精後、凍結保存したもの）<br />　ホルモン補充周期（エストラーナ→プラノバール＋膣座薬→膣座薬のみ）</p><p><strong>【かかった費用：すべて保険外】</strong></p><p>　D3　  ￥11,550　（血液検査、エストラーナ投薬）<br />　D15　￥5,030　（エコー検査：内膜確認）<br />　D19　￥102,450　（解凍胚移植￥84,000、hCG注射、プラノバール・プロゲ膣座薬投薬）<br />　D25　￥12,090　（中間判定の血液検査、プロゲ膣座薬追加投薬）<br />　D33　￥12,090　（妊娠判定の血液検査、プロゲ膣座薬追加投薬）</p><p>　<u>合計　￥143,210</u></p><hr /><p><br />　妊娠判定後も、妊婦さんを見かけるとつい目をそらしてしまう自分がいました。願っていた幸せへの道が始まっているのかな、と感じつつも、警戒心が強くて幸福感に浸ることがなかなかできませんでした。胎嚢や心拍が確認できて、実感に浸れるようになったのですが、まだまだ分からないのだ、と自分を戒めているところです…。 </p><p>　実は、妊娠している、ということは岩手の実家の両親にはまだ伝えていません。旦那さんのご両親には旦那さんからすでに伝えてもらっているそうなんですが。少し安定してから伝えたいと思っていまして…（今までさんざん心配かけてきたので…）。<br />　先日、実家の母が叔父の百か日で宮古市へ行った時、浄土ヶ浜へ足を運んだそうなのです（浄土ヶ浜は宮古市にある景勝地で、透明な海と白っぽい砂利の浜、緑の松の木が美しい場所でした…）。岩に生えていた松の木は潮をかぶってすっかり枯れてしまったのですが、新しく生えてきたハマナスの花が、岩の上できれいに咲いていたのだそうです。「<font color="#ff0000">新しい命が芽吹いたんだなー、と思って、写真を撮ったんだけど、いる？</font>」と聞かれ、思わず「<font size="4">いらない</font>」と答えてしまいました。うちの母親の家系は「<strong>もってる</strong>」人が多いので、妊娠していることを見透かされているような気がしたのです。おそろしやー。</p><p>　ちなみに、妊娠初期の症状が当初全くなかったのですが、5wくらいからお腹がすかなくなる日がでてきました。6wに入った頃からちょいと気持ち悪く感じ始めています。でも、いつもというわけではなくて、午前中だけとか、夕方以降など期間限定で、おえっ、とすることもまだないです。<br />　乳首痛も当初全然なくて、おぱーいが小さいと痛くならないんだろーか？？（‐_‐；）、などと思ったりしたんですが、最近乳房が脇の方から痛い気がします。乳がんじゃないだろーなー？、と思うような感じです。</p><p>　でも、これらの症状がでたからって、大丈夫というわけではないんだよなー…。<br />　どーんと構える、ということが、相変わらずできずにおります。でも、極力リラックスして、お腹の赤ちゃんと神様を信じていたいと思っています。</p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>震災から100日の、妊娠判定</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-06-21</link>
      <category>凍結胚移植周期</category>
      <pubDate>Tue, 21 Jun 2011 21:00:00 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-06-21</guid>  
      <description><![CDATA[<p>　凍結融解胚移植をして初めて中間判定を通過することができ、移植から2週間を迎えた先日、夫婦で妊娠判定に行ってきました。</p><p>　実は、中間判定で気がゆるんでしまったのか、膣座薬を入れ忘れてしまう、という日がありました。出勤前に気付いたのでまだましだったのかもしれませんが、かなり動揺してしまい、どうしようと思いながらもクリニックに電話してしまいました。</p><p>　看護師さんと話をし、入れ忘れ後からはいつもと同じように夜寝る前に入れて、あとはいつも通りに入れてください、と言われました。入れ忘れてしまった分は気にしないでください、とのこと。</p><p>　その日はしかも、うっかり丈の短いパンツをはいてしまい（節電で会社の中が暑いので…）、開け放たれた窓から冷たい風がぴゅーぴゅー吹き付ける中で仕事をし、芯まで体を冷やしてしまったのでした。</p><p>　翌日の基礎体温がガクっと下がり、卵からの唯一のサインに感じていた下腹部の張りも感じられなくなって、それはとても落ち込んでしまったのでした。<br />　そんなことがあって、前回の記事に頂いたコメントを読んだらマジで涙でてきちゃって、勇気づけられたのでした。ありがとうございます…。</p><p>　気にしすぎないこと、と言われていたのに、こんな風に相変わらず一喜一憂の生活をしていました。悪夢を何回か見た後に思ったのです、私は自分ではどうすることもできないことでまた悩んでいる、って。私の手の届かないところで起こっていることなのに。生命の始まりと終わりは神秘の領域のことだって、心身にしみて理解したんじゃなかったのか？？</p><p>　そう思ってから諦めのような気持ちになって、少し落ち着いて判定の日を迎えました。</p><p><strong><u><font color="#ff6600">6／18（土）　D33 （ET14）</font></u></strong></p><p>　夫婦そろって来院し、先に採血。ビルの下にあるフレッシュネスで1時間くらい時間を潰していました。<font color="#3366ff">なんかダメな気がする</font>、と思っていて、ダメだった場合に行く予定にしていた旅行の計画の話などをしてやり過ごしていました。</p><p>　再びクリニックの待合室に行き、しばらく待って名前が呼ばれ、旦那さんと一緒に診察室に入りました。二人一緒に診察を受けるのは男性不妊の診察の時以来です。</p><p>　先生が説明を始めた時に私はまたもや「やっぱりダメかも」と思ったのですが、告げられた数値はなんと、<strong><font color="#ff0000">hCG:</font><font color="#ff0000"><u>1317.9</u></font></strong>。 え～～～、というか、もう、<font size="4"><strong>ぶったまげ～～</strong></font>、と思ってしまいました。多い人は千の数字になるとは聞いていたけど、まさか自分がそれくらい出るとは思ってもみませんでした。</p><p>　ちなみにP4は29.64。これもOKでしょう、とのこと。</p><p>　結果を聞いたらものすごい動悸に襲われて、胸がどっきんどっきんして止まらなくなってしまいました。結果を待っている間はそんなことなかったのに、なんで結果を知ってからドキドキすんねん？</p><p>　いつまでが通院になるのか聞いてみると、現在は妊娠4週に入っていて、次週に胎嚢の確認（子宮内に妊娠してるか）をするのだそうです。胎嚢が確認できたらすぐに分娩の予約を入れるように言われました。胎盤が完成する妊娠12週くらいまでは黄体補充をする必要があるので、12週までは2か所で診察を受ける形になる、とのこと…。</p><p>　妊娠4週？　分娩予約？？　（゜▽　゜）～゜ぽけぇぇ～、という感じで、聞いていても<font size="5">全く実感がわかない</font>…。だって、これといった体からのサインがないんだもの。</p><p>　服用していたプラノバールはその日からもう服薬しなくてもいい、ということでしたが、膣座薬はまだしばらく続けることになりました。</p><p>　旦那さんが、先生に質問をし始め、私が基礎体温で一喜一憂して困る、みたいなことを言ったのです。そんなこと言わなくたっていいじゃんよー、と思ったのですが、もう着床はしているので、基礎体温がストレスになるようだったら測らなくてもいいですよ、と言われました。（→でも、流産のサインになるかもしれないので、今でも測ってます…）</p><p>　また、出血がずっと続いている件も、膣座薬を使用しているし、今は経過をみるしかない、と言われました。下腹部の張りと出血があるのは流産の兆候、みたいなのをネットで見ていたので、ちょっと不安に思っていたのです…。</p><p>　ということで、この日の診察は終了。<br />　妊娠判定で良い結果が出る、というのはずっと夢見ていたことのはずなのに、なんだかあっさり……。勝手な想像で、ぱんぱかぱ～ん、と、くす玉が割れるくらいの勢いで「<font color="#ff6600">オメデトウございま～す</font>」とか言われちゃって、私も号泣するのかなー、などと思っていたのですが、フツーに数値を言われただけです…。「陽性」という言葉も出てこなかった。</p><p>　多分、翌週の胎嚢確認が済まないことには妊娠と認められないからだと思います。卵が旦那さんの血をきちんとひいてくれたなら、正しく子宮内膜に着床してくれていると思うのですが、方向音痴の私の血を濃い～くひいてしまったなら、見当違いなところで落ち着いちゃっていそうな気がするのです（‐_‐；）。</p><p>　卵管とか子宮頸管など子宮とつながっているところに着床してしまうのは分かるのですが、腹腔で着床してしまう卵さんもいるらしく、子宮外妊娠って本当に不思議だなー、と思います…。うちの卵はそうでなければいいのですが。。。</p><p>　ちなみに、今現在も妊娠の兆候的なものはないです…。乳首痛もない、足の付け根のチクチクもない、風邪をひいたときのような具合の悪さもない。<br />　下腹部の張りは最近薄らいできて、ちょっと重く感じる程度になっています。<br />　水っぽいおりものは相変わらずバンバンでていて、おりものシートでは間に合わない時もあります。でも、これは多分膣座薬を使っているせいかもしれません。そう思うと、妊娠初期の症状と言えるものがほとんどありません…。順調にいけば、私も近いうちに「<strong>つわり</strong>」とやらに襲われる日が来るはずなんですが、<font size="4">とてもそんな日が来るとは思えない</font>状態です…。</p><p>　</p><p>　妊娠判定の日は、震災から100日が経った日でした。百か日の法要をした被災地も多く、身元不明の遺骨の中で家族を捜す人たちや、行方が分からない子どもを探している親御さん達の姿もニュースで流れていました。その映像を見て、叔父が亡くなったのは悲しかったけれど、叔父だと分かる形で遺体が瓦礫から発見されて、さようならの区切りを持つことができたのは恵まれたことである、と痛感して涙が出ました。</p><p>　今までの人生で一度も妊娠にかすりもしたことのないこの私が妊娠できたのも、何かの縁を感じずにいられません。もしかしたら震災で亡くなった多くの命の一つが、生まれ変わりでもう一度世に来るために私のお腹に宿ってくれたような、そんな気がしてならないのです。</p><p>　この子を大事に大事にしていくことで、被災地の人たちと共にいたい、と思っています。<br />　そして、亡くなった方々（叔父を含む）の魂が安らかであること、行方不明の方が一人でも多く家族のもとに戻れること、一日も早く復興が進むことを、いつも祈っています。</p><p>　兆候のない日々を過ごすのは結構不安です。一気に安定期に入りたいものだー、と思ったりするのですが、どうなるか分からない不安定な時期を過ごすのも、きっと意味があることなのかもしれない、と思うようにしています。一日一日を乗り越えて、大事にしていって、出産できる日を迎えられるように頑張りたいと思います…☆</p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>中間判定の壁を、初乗り越え☆</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-06-14</link>
      <category>凍結胚移植周期</category>
      <pubDate>Tue, 14 Jun 2011 19:00:00 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-06-14</guid>  
      <description><![CDATA[<p>　6/10に中間判定がありまして、今回初めて着床を確認できるhCGホルモンを検出できました</p><p>　移植が無事に終わって中間判定までの間、妊娠の兆候的なものはほとんどありませんでした。強いて言えば下腹部に少し張りがあるくらいだったのですが、気のせいと思えばそれで済んでしまうくらいのものです。体温の上がりもイマイチで、着床してくれているのか気が気でない日々を過ごしていました。</p><p>　さらに、移植の時に、悲しかったら悲しんでいいのだ、と思ってから、ふっつりと糸が切れたようになってしまって、沈んだ気分から抜け出せなくなっていました。感情をコントロールするのって本当に難しい…。私の根本はやはりヘタレなのだな、と痛感した次第です。</p><p>　早朝覚醒や腹痛を始め、身体症状も様々出ていたので、気持ちを穏やかにするために処方されていた漢方薬を飲めないものだろうか、と思っていました。<font color="#389b11">抑肝散加陳皮半夏</font>（よくかんさんかちんぴはんげ）という薬です。移植前に体調が絶不調になった時、この薬をお湯に溶かして食前に飲むようにしたら、少し楽になった気がしたのです<font size="1">（胃が痛むので、普段漢方薬は食後に服用していました）</font>。<br />　<br />　移植の時、特に聞かれず、また私も質問しなかったので、服用している漢方薬を継続していいかどうか確認できていませんでした。念のため、自主的に服用をやめていたのです。</p><p>　さらに、今回は移植後の出血が全くなかったのに、中間判定の前日（ET5）に<font color="#ff0000">鮮血の出血</font>が少量ありました。なぜ今出血、と焦ってしまって、クリニックに電話。</p><p>　看護師さんとお話ができ、出血はおそらく膣座薬を使用しているせいでしょう、と言われました。ただれてしまうこともあるので、少量の出血なら気にしなくていいです、とのこと。生理のような大量の出血になったらすぐにご連絡ください、と言われました。</p><p>　漢方薬のことも一緒に聞いてみたのですが、催奇性の部分で確証がなく、妊婦さんへの投与を控える薬になっている、ということでした。翌日の中間判定まで出来れば我慢してください、と言われ、もし辛い場合は1日1包くらいにとどめておく、ということになりました。</p><p>　体調も悪く、不安や緊張・ストレスでいっぱい…。卵にとっては最悪の環境だろうなー、とすまなく思いつつ、どうにも改善できないまま中間判定の日を迎えました。</p><p><font color="#ff6600"><strong><u>6／10（金）　D25 （ET6）</u></strong></font></p><p>　中間判定のこの日は1日中緊張を抑えることができませんでした。きっと、私は自分が思うような結果にならないことを恐れているんだなー、と感じました。複雑に動いている命のことを、私が支配してコントロールしようとしてるんだなー、って思ったのです。そんなことできっこないのに。<br /><br />　どちらの結果になっても、受け入れよう、と決めてクリニックへ足を運びました。</p><p>　最初に採血。なぜか針を刺されたところが痛んで、1時間後の診察予定時間になっても痛いままでした。しびれがなければ、おそらく内出血しているせいだと思う、と看護師さんに言われ、冷やすと皮膚が黒くなるのを防げるから、と保冷剤を頂きました。</p><p>　腕を冷やしつつ、待つことしばし…。私の名前が呼ばれて診察室へ。</p><p>　「着床するとhCGというホルモンが分泌されるんですがー…」、という先生の言葉を聞いて、「<font color="#3366ff">あ、これはダメだったに違いない</font>」と思ってしまい、先生の顔を直視できずに話を聞いていました。</p><p>　なので、「<strong><font color="#ff0000">hCGが、28でています</font></strong>」と言われた時には我が耳を疑ってしまった。<br />　<strong><font color="#ff6600">え？？　うそ？？！</font></strong>　という感じです。</p><p>　だって、乳首痛もなければ、体調の変化や兆候みたいなものもほとんどなかったのに……。ほんの僅かな下腹部の張りだけが信じられる材料でした。それも気のせいかもしれない、と思っていたので、ほぼダメだろうと思っていたのに…。</p><p>　受付でもらった「データ記入一覧表」にホルモンの値を記入しようと思って、先生にホルモン値をもう一度聞こうとしたら、余りに気が動転していて、「<strong>FSHの値をもう一度教えてください</strong>」と口走ってしまいました。FSHの値を今聞いてどーすんねん。。。＼（－－；）hCGでしょっ</p><p>　ということで、血液検査の結果は<br /><strong><font color="#ff0000"><u>hCG：28.6<br /></u></font></strong>P4：25.6<br />E2：41.7</p><p>　P4は膣座薬を入れているので底上げされているけれど、必要な分（P4&gt;10）は出ているだろう、ということです。<br />　E2 もプラノバールを服用しているので、補充できているはず、とのこと。</p><p>　中間判定時に必要なhCGは10以上で、それくらい出ていれば<strong>着床はしている</strong>と判断していいそうです　なんと、<font color="#ff0000">卵は着床してくれていた</font></p><p>　でも先生は表情を変えず、次回の妊娠判定までは分からない、とおっしゃいました。今は二桁だけれど、妊娠判定時には数百とか、多い人で千の単位のhCGになるのだそうです。あと一週間で10倍以上のhCGがでてないといけない。中間判定で必要なhCGが出ても、妊娠判定でダメだった、という例は結構多いのかな…、と感じました。</p><p>　妊娠判定までに気をつけなければいけないことはありますか？、と聞いてみたところ、「<strong><font size="4">気にしすぎないことです</font></strong>」と、きっぱり言われました。黄体補充など必要なことはきっちりしつつ、普段通りの生活をしてください、とのこと…。おっしゃる通りでございます…m(_ _)m。</p><p>　診察の後、追加の膣座薬を頂いて、お会計をして終了。こんな晴々しい気持ちで中間判定を終えられるなんて夢みたいでした。</p><p>　初めて妊娠の可能性を現実的に感じられるようになったので、色々先走ってしまい、検索魔になっていました。<br />　出産予定日はいつになるんだ？とか<font size="1">（ちなみに来年の2月中頃でした）</font>、胎嚢や心拍の確認っていつになるんだ？とか。（気にしすぎるなって言われたばかりなのにね～。。。）</p><p>　胎嚢や心拍確認のHPやブログをみていると、なぜか流産に関するものばかりにぶち当たってしまい、それらを黙々と読んでいるうちに、中間判定でhCGが出た、というのは<font color="#3366ff"><strong>ほんの序の口に過ぎない</strong></font>、ということが嫌というほど分かりました。少なくとも妊娠7～8週の心拍確認の時期までは気が抜けない日々が続くようです……。</p><p>　でも、卵が着床してくれたのは本当に嬉しかった…。おいらがこんな状態にも関わらず、頑張ってくれたんだな～、と思ったら、ちょっとうるうるしてしまった（/_；）。子宮が極端な後屈でも着床はしてくれる、ということも分かった。</p><p>　<strong>卵が頑張ってくれたから私も頑張ろう</strong>、って思うし、逆に<strong>私も頑張るから卵も頑張ってね</strong>、と思う。このまま二人？で頑張って、出産までの月日を過ごせていけたらいいのにな～……。</p><p>　ちなみに、その後も世間でよく言われているような妊娠の兆候はないです。<br />　下腹部の張りと、水っぽい（というかほぼ水）おりものが出るくらい。本当に、人それぞれなんだな～、と思います。なお、中間判定の前日から少量の出血はずっと続いています…。</p><p>　妊娠判定までの日々を心穏やかに過ごしたい。そして一日一日を大事にしたい。どちらの結果になったとしても、判定前の日々には二度と戻れないのだから…。</p><p>　できることなら、このままお腹の中でこの子を育てて、無事に出産して、早く抱っきしてあげたいのです…。</p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>3回目の移植、無事終了。</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-06-07</link>
      <category>凍結胚移植周期</category>
      <pubDate>Tue, 07 Jun 2011 21:00:00 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-06-07</guid>  
      <description><![CDATA[<p>　6/4（土）、無事に凍結融解胚を移植してきました<br />　今はお腹の中に卵がいてくれているはずです（＾＾）。</p><p><strong><u><font color="#ff6600">6／4（土）　D19</font></u></strong></p><p>　体調不良が続いていましたが、移植日までにはなんとか普通に食事がとれるようになっていました。</p><p><strong>12：00<br /></strong>　クリニックへTEL。培養室直通の電話だったのでびっくりしてしまいました。<br />　卵は無事に融解し、移植できる状態になっている、とのこと。予定通り午後14時30分に移植です。</p><p><strong>14：15<br /></strong>　土曜日ということで、旦那さんも休みだったので二人で一緒にキネマへ行きました。移植予定時間の15分前に来院。</p><p>　私は子宮後屈なので、ぱんぱんにおしっこをためる必要はないのですが、膀胱の位置を確認するために、やはりおしっこをためておかなければなりません。尿意を我慢する、というのが苦手でして…。追い込みで水をがぶがぶ飲んだのもよくなかったのかもしれません。受付してから我慢できずに何度かトイレに行ってしまいました。</p><p><strong>14：40<br /></strong>　先に採血をして血液検査＆黄体補充の注射（hcg）をします。<br />　久しぶりの筋肉注射だったけど、全然痛く感じなかった。<br />　お尻に注射を打ってもらった時に、看護師さんに「痩せましたか？」と聞かれました。「<strong>サイズが違いますよね～</strong>」ということなんですが…。サイズというのは<font size="4">お尻のサイズ</font>ってことですよね～。えぇ、まぁ、確かに3、4キロ痩せてしまったのですが、下半身デブなのでお尻のサイズの変化は分かりやすかったのかもしれません。。。（‐_‐；）　さすが看護師さんというか、分かる人には分かるんだなー、と思いました。</p><p>　その後、支度をする回復室へ案内されました。<br />　手術室や回復室、採精室（2部屋になってました）などは一般の診察スペースと隔てられた作りになっています。新しくきれいな回復室には、安楽椅子や簡易ベッドではなく、<strong>普通のベッド</strong>が　コート類も入れられるロッカーやインターフォンもついていました。</p><p>　スカートの下の下着をとって、ケープとキャップをかぶり、身支度を整えます。<br />　尿意が辛くなっていて、看護師さんにトイレに行ってもいいか尋ねると、次にご案内するので我慢してください、と言われてしまいました。</p><p><strong>14：45<br /></strong>　すぐに私の番となって、手術室へ。ちょっと薄暗くて、台やモニタがある感じは前と変わりありませんでした。台の上に横になると尿意も緊張もMAXに。尿を抜いてもらえないか頼んだのですが、子宮の様子を確認するからちょっと我慢してください、と言われました…。</p><p>　院長先生が準備にかかり、器具が入ったのですが、なんか、痛い…。「<font color="#ff0000">今日はちょっとがつがつ当たっちゃうみたい</font>」と言われ、どうやら難航しそうな気配を感じました。<strong>今度こそ、トワコウかもしれない</strong>…、と覚悟を決めていました。</p><p>　一度尿を抜きましょう、ということで、半分くらい抜いてもらいました。<br />　少し楽になって、台の上で処置を待っている間、「<strong><font color="#ff6600">ガマンしなくていいから</font></strong>」って叔父の声が聞こえた気がしました<font size="1">（気がしただけですからねー）</font>。<font color="#ff6600">悲しかったら悲しめばいいし、痛かったら痛がっていいんだからサ</font>、って。<br />　悲しかったら…、と思ったら気分が沈んで、少し気持ちが落ち着いたような気がしました。</p><p>　ガイドを使いますねー、と声をかけられ、処置が始まりました。<br />　なるべく意識を移植に集中させないように、心でお祈りをとなえて、深く呼吸をするように努めていました。特に吐く方を長く。呼吸に意識を集中させて。</p><p>　時々違和感があって腰が浮いちゃう時もあったけど、いつの間にか移植は終わっていました。信じられなくてきょとんとしていたら、そばにいた培養士さんに「終わりです」と声をかけられました。</p><p>　なんと、<strong>ほとんど痛みを感じることなく移植が終了</strong>しました　信じられない～。</p><p><strong>15：00<br /></strong>　台の上から降りて車いすに乗せられ、回復室へ移動しました。もう嬉しくってたまらない。院長先生、ありがとう、という感じです。</p><p>　15分はベッドで安静にして、その後トイレで用を足してください、と言われました。<br />　移植の所要時間15分は私の中では相当短い時間なのですが、私の後に移植を受けた方々は、大体5分おきくらいに入れ替わり立ち替わりしていました。移植って普通こんなに短い時間で済むものなんだ…、と思った次第です。</p><p>　ベッドで安静にしている間、じわじわじわーっと涙が溢れていました。こんなにつつがなく移植を終えられるなんて思いもしなかった。<br />　今お腹に卵がいる。幸福感に包まれてベッドでまどろんでいました。</p><p>　休んでいる間、培養士さんと看護師さんがみえて、今回の移植のレポートの説明と、黄体補充の案内をしてくれました。レポートには卵の写真が。ゆがんだ丸にポコっとしたでっぱりがあって、孵化が始まっている状態です、と教えてもらいました。</p><p>　黄体補充は、通常であれば移植後から服用しているプラノバールを継続するだけ、なのだそうです。でも、私はどんなに万全の態勢を取っても、黄体ホルモンがなくなってしまう人なので、何か工夫をしたい旨を伝えました。安静の後、診察を受けて先生と相談、ということで決定。</p><p>　判定日のスケジュールも回復室で行いました。<br />　<strong>6/10（金）D25→中間判定<br />　6/18（土）D33→妊娠判定　（移植2週間後）</strong></p><p>　中間判定って、こんなすぐにやるんだっけ～、と思ってしまいました。</p><p>　最後に「またご連絡します」みたいなことを確か言われた気がしたし、周りの方はインターフォンが鳴ってからベッドを出ているようだったので、ずーっとベッドの上で休んでいました。でも、もういい加減誰もいない気配になり、看護師さんの出入りもなくなったので、不安になってインターフォンで聞いてみたら、「もう安静は終わってますので、待合室でお待ちください」と言われてしまいました…。新しいクリニックでの要領がよくわかっておりません。。。</p><p><strong>16：00<br /></strong>　旦那さんは待合室でずっと待っていてくれました。一応、メールで報告はしていましたけど…。</p><p>　待合室でも小一時間くらい待って診察室へ呼ばれました。<br />　黄体補充の方法は色々あるけれど（服薬、注射、膣座薬）、強力に取り組みたいなら<strong>膣座薬（プロゲステロン膣座薬）</strong>がいいと思う、と言われ、膣座薬を処方してもらうことにしました。</p><p>　渡されたレポートに間違いがあったので訂正してもらった後、膣座薬の説明を看護師さんから受けました。冷蔵庫に入れないと溶ける、ということを忘れていたので、説明して頂いて良かったです…。<br />　なんにせよ、治療が久しぶりなので、忘れていることが多いんですよね。。。（＾＾；</p><p>&#160;</p><p>　帰宅して、旦那さんと疑似「川の字」をしてみたり、パパだママだと呼び合ってみたり、卵が来てくれた喜びを2人でかみしめておりました<font size="1">（すでにバカ親？）</font>。</p><p>　現在、移植後3日が経つわけなのですが、これといった症状やサインのようなものは全くない状態です……。移植後の夜、暑くて布団を蹴っ飛ばして寝てしまい、少し体を冷やしてしまいました。体温も前日比－0.4℃くらい急激に下がり…。なんでこうも私はアンポンタンなんだ、としくしく泣いてしまったのですが、ネットで検索すると、ホルモン補充周期で移植の場合、体温は余り気にしなくていい、というようなことが出てきたので、気にしないようにしました…。</p><p>　あとは、ほぼ普段通りの生活をし、できるだけ急がずゆっくり行動するようにしています。<br />　特に避けていることはないのですが、やらなければよかった、と後悔するようなことはしないようにしています。鍼灸や漢方、時々行っていたマッサージ、自転車に乗ること、走ること、などなど。予定もあれこれ入れないようにしています。<br />　それと、寝ている間ずぇったいにお腹を冷やさないように腹巻でガードするようにしています…。</p><p>　前回の移植の時には、移植後3日目で乳首痛があったのですが、今回は見事なくらい何もないので不安です…。でも、極力「<font color="#0000ff">ダメだったのかも</font>」という考えは持たないように努力しています。中間判定前の今の期間だからこそ、卵はお腹の中にいてくれている、という思い込みを持つことが出来るし、<strong><font size="4" color="#ff0000">この子を育てたい</font></strong>、という希望を持つことができるからです…。</p><p>　中間判定、一度でいいからいい結果を聞いてみたいなぁ……。　<br />　</p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>治療再開。</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-06-02</link>
      <category>凍結胚移植周期</category>
      <pubDate>Thu, 02 Jun 2011 19:00:00 +0900</pubDate>
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      <description><![CDATA[<p>　いつの間にか梅雨真っ盛りになりました（+_+）。気持ちのいい季節が短く感じられる今日この頃です…。</p><p>　5月に治療を再開しました。昨年10月下旬から不妊治療をお休みしていたので、大体半年ぶりになります。休みを決めた時には、まさかこんなに長くなるとは思いもしなかったんですが……。</p><p>　5月は下旬に趣味の音楽のほうでイベント＆練習があり、録音図書作成奉仕者の養成講座も再開して（宿題がたんまりでるので～）、ブログのほうになかなか時間を割けずにいました。できるだけ手短に記録したいと思います<font size="1">（できるのか？、私に。「手短」ということが）</font>。</p><p>　生理が始まって新しい周期の3日目に、久しぶりにキネマに予約を入れました。キネマが新しいビルへ移転してから初めての通院になります。</p><p><strong><u><font color="#ff6600">5／19（木）　D3</font></u></strong></p><p>　ピカピカの真っ白なビルの3階がキネマでした。4階から上は<strike>東急ホテル</strike>（京急EXインでした。ごめんなさい）で、1階にはフレッシュネスバーガーや定食屋さんが入っています。</p><p>　慣れない空間に右往左往、キョロキョロ（きょどきょど？挙動挙動…不審）しながら、最初に採血。新しいビルにはラウンジがなくなったため（残念）、1時間外出するか待合室で待つか聞かれました。外出して、蒲田のグランデュオを物色した後、再びクリニックへ。</p><p>検査の結果は、<br /><strong><font color="#ff0000">FSH：12.0</font></strong><br />LH：4.1<br />E2:47.3</p><p>　数値をメモろうとしたら、プリントアウトして渡してもらいました。<br />　休み期間を経て、気持ちは大分安定し、メンタルの薬も服用していないというのに、FSHは相変わらず二桁……。もーね、<font color="#ff0000">私は元々FSHが高い人なんだなー</font>、って思いましたっ。</p><p>　エコーで卵巣の確認もしました。久しぶりに見る画像。特に腫れてる様子はないとのこと。</p><p>　FSHは高めだけれど、この程度のホルモンバランスであれば、自然の周期で移植もできます、と言われたのですが、薬を服用して移植日をコントロールする方法でお願いしました。なんといっても、<font color="#ff0000">黄体機能不全気味</font>なので…。</p><p>　方針が決まってスケジューリング。<br /><strong>5/31（火） D15→内膜の厚みを確認<br />6/4（土） D19→移植</strong></p><p>　内膜が薄かった場合は延期、とのこと…。</p><p>　診察が終わって、看護師さんから使用するホルモン剤の説明を受けました。<br />　<strong><font color="#3366ff">エストラーナ</font></strong>という貼り薬です。皮膚を通してエストラジオール（E2)を吸収させます。</p><div align="center"><a href="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/E382A8E382B9E38388E383A9E383BCE3838A.JPG" target="_blank"><img src="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_ef2/comeonbaby/m_E382A8E382B9E38388E383A9E383BCE3838A.JPG" border="0" alt="エストラーナ.JPG" width="320" height="313" /></a></div><p><br />　D3から貼り始めて1日おきに交換、枚数を１～3枚へ徐々に増やしていきます。<br />　風呂上りの清潔な肌に、水分を十分ふき取ってから貼る、はがれてきたらテープ等で押さえる、かぶれやすくなるので注意する、といった説明を受けました。<br />　貼る場所はへそから下の下腹部で、貼り替えるたびに少しずつ位置をずらすとかぶれにくい、とのことでした。ちなみに添付の説明書ではお尻でも可となっているのですが、はがれた場合気付きにくいので下腹部にしてください、と指示されました。</p><p>　湯船に入ってもOKということでしたが、やっぱりはがれやすくなるんですよね…。特にお腹のしわに沿って…。はがれちゃう時は上から絆創膏を貼っていました。<br />　位置を少しずつずらす、と言われても、枚数が3枚になるとなかなかずらせない…。貼り始めは大丈夫だったけど、後半は結構皮膚がかぶれてしまいました（&gt;_&lt;）。</p><p>　内膜確認の日までエストラーナを貼って過ごしていましたが、実は体調がすこぶる悪くなりました。胃がむかむかしてきて、食事をするのも苦痛、気持ち悪く感じる時もありました。副作用なんじゃないかと思い、よっぽどクリニックに電話をしようかと思ったのですが、どうもメンタルからきている気がすると思って様子を見ていました。<br /><br />　実は、診察のあった日、エコーの検査をした時に、子宮の通り道を確認したい、と言われ、移植の時と同じように器具が入ったのです。<br />　ちょっと痛いかな～…、と思っていたらやっぱり結構痛くて、「<strong>痛いです</strong>」と思わず声を荒げてしまった…。<br />　痛くて辛ーい思いをした初移植後の子宮がん検査では、同じように痛くて思わず泣いてしまったことがあったのだけど、今回は痛くても涙は出なかった。気持ちの上では全然大丈夫なつもりだったんだけど…。体調の変化が起きたことで、「<font color="#3366ff">痛い思いをしたことをおいらは忘れちゃいませんぜっ</font>」、って体から言われているような気がしました…。</p><p align="right"><font size="1">※過去の記事をいちおーリンクしておきます… → </font><a href="http://comeonbaby.blog.so-net.ne.jp/2010-05-30" target="_blank" title="初移植の、長い一日"><font size="1">「初移植の、長い一日」</font></a><font size="1">：2010年5月<br />→ <a href="http://comeonbaby.blog.so-net.ne.jp/2010-07-24" target="_blank" title="子宮がん検査">「ステップダウンと子宮がん検査」</a>：2010年7月</font></p><p>　色々乗り越えられたつもりでも、結局お休み前と<font size="5">なんも変わってない</font>、と思いますた。。。</p><p>&#160;</p><p><strong><u><font color="#ff6600">5／31 （火） D15</font></u></strong></p><p>　移植へのセカンドステップ、<strong>内膜の確認</strong>の日が来ました。<br />　診察前の何日間かは、エストラーナのせいなのか排卵は起きないはずなのにノビオリさんが盛んに出ておりました。</p><p>　内診室で確認してみると、なんと、内膜は<strong>14㎜</strong>以上ありました　見た目もぽってりしている感じ。三層に分かれていて、形もいいです、と言われました。14㎜なんて内膜、初めてです。今までは10㎜超えれば御の字だったのですが。エストラーナのパワーなんでしょうか。</p><p>　内膜は問題ない、ということで、予定通りD19に移植をすることになりました。</p><p>　排卵後の状態にするためにこの日から薬が変わりました。P4とE2を含む<font color="#3366ff">プラノバール</font>を服用します。<br />　私はこの薬を服用すると翌周期のFSHが急上昇してしまうため、いつもプレマリン＋デュファストンの組み合わせでお願いしていました。なので、診察が終わった後、看護師さんから本当にプラノバールでいいのか念押しがありました。<br />　もし移植がうまくいけば次の周期の心配はいらないし、残念な結果だったとしても次の周期まで何周期かあけたいと思っていたので、プラノバールでも問題ないと思った、と説明しました。それになんといっても、薬の単価が全然違ったので…（プラノバール@￥50、エストラーナ@￥160）。</p><p>　でも、やっぱりエストラーナ＋デュファストンにすべきだったと思っています…。<strong>ケチってる場合じゃない</strong>んです。ぬかりなくいかなきゃいけないのに、気を抜いてしまいました。多分、エストラーナの方が強力なのではないかと思っています。移植後の黄体補充では相談しながら最善の方法を選びたいと思っています……。</p><p>　そんなこんなで、移植を数日後に控えていますが、実は体調がものすごく悪いです。<br />　今週に入ってから、下痢がひどく、口の中が苦くなったり、食事がほとんど食べられなくなっていました。腹痛もひどくて…。<br />　なんでなのかなー、と思うに、やっぱりメンタルなのです…。<br />　震災後にお会いした方からお見舞いやお悔やみの言葉を多く頂いたことがあって、それが「がんばろうね！」という内容ではなく、あんなひどいことになって…、みたいな言葉を頂くことが多くて、今になって震災のことを思い出しているようなのです。<br />　それに加えて、移植に向けての不安と緊張を強く抱えているようです。<br />　どちらも気持ちの上ではそんなことないんですが…。<br />　揺り戻しのようになっています。もしかして、私は少し無理をしているのかもしれません。でも、今は前を向いていないと、心がずっと折れっぱなしになってしまうと思うのです…。</p><p>　移植前だというのにろくなものを食べていません。ほぼ毎日うどんかお粥…。自分の状態と、卵の状態が気になります。なんといっても、スローペーサー卵さんでしたから…。</p><p align="left">　移植日当日は昼の12時にクリニックに電話して卵が無事融解したかを確認、午後移植、という予定になっています。凍結時に縮こまっていた卵は融解するとふっくらとした形に戻るのだそうです。無事ふっくらさんになってくれるといいな～…。</p><p align="center"><font color="#ff6600">卵どのぉ～～、お布団の準備はしかと整っておりますぞ～っ m(_ _)m</font></p><p>　不安も大きいけれど、お腹の中に卵が来てくれるのが楽しみでもあるのです…。<br />　今を大切に…。卵が来てくれるまでの日を大切にしたいと思っています…。</p><p align="right"><font size="1">　全然手短じゃなかった…。すみません。</font></p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
          </item>
        <item>
      <title>お休み期間のもろもろ【少しずつ上がってく編】</title>
      <link>https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-04-29</link>
      <category>お休み周期</category>
      <pubDate>Fri, 29 Apr 2011 12:24:22 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">https://comeonbaby.blog.ss-blog.jp/2011-04-29</guid>  
      <description><![CDATA[<p>　3月10日に「【下がってく編】」の記事をアップして、少しずつ上がっていけるようになった経緯を書く予定でいたのですが、記事をアップした翌日に大震災が起き、結局また下がってしまったので、なかなか【少しずつ上がってく編】を書けずにいました。</p><p>　これまで良かったり悪かったりを繰り返しながら心の整理をつけてきて、ずっと良い状態でいる、ということはありませんでした。震災で下がって、でもまた「上がっていける」という気持ちを持てるようになったので、気持ちの整理をつけていく中で気付いたことなどを記録したいと思っています。ただ、心はとても複雑で、何か一つのことに思い至ったからすっきり解決した、ということはありません。しかも現在進行中で、私はまだ自分の心についていろいろ彷徨っている最中でもあります。</p><p> 以下、<font size="5">非常に長文</font>ですが、お時間がありましたら、ご覧いただけますと幸いでございます。。。</p><p>　最初に学んだことは、メンタルの調子が悪い時がきても、じっと耐えることができる、ということでした。良かったり悪かったりを繰り返す中で、「もういい加減疲れちゃったな～」、と思う日々がありました。旦那さんが出張でいない時に「悪い時期」がやってきた時があって、どうしよう、と思いつつも、嵐が過ぎ去るのをじっと待つような気持ちで、ひたすら耐えていたことがありました。何日かすると確かに嵐は去っていって、いつも通りの生活を送ることができていました。<strong>辛い状態は永遠に続くわけじゃない</strong>、という確信と、乗り越えられるという自信を得たような気がしました。</p><p>　10・11月の出来事の後、兄の死を見つめる作業をしていました。正確には、兄の死にかかわる一連の出来事と、自分と家族・周りの人たちとの関わり、自分自身の気持ちの変化について見つめていたのだと思います。</p><p>　精神科の先生から、余裕があったら読んでほしい、と言われていた本がありました。訳者自身がグリーフ（死別などの悲嘆）ケアのカウンセラーで、中身もしっかりしている本だから、という理由です。<!-- amazon --></p><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4393716183/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img class="sonet-asin-image" src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/4190K2GGGSL._SL160_.jpg" alt="「大切なもの」を失ったあなたに―喪失をのりこえるガイド" title="「大切なもの」を失ったあなたに―喪失をのりこえるガイド" width="108" height="160" /></a> <div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4393716183/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">「大切なもの」を失ったあなたに―喪失をのりこえるガイド</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: ロバート・A. ニーメヤー</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 春秋社</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2006/10</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><p>　この本を読んで目から鱗に思ったのは、<strong>「喪失」は死別だけを指すのではない</strong>ということ。失恋や離婚、転居、失業、転職など、自分のアイデンティティーの一部が欠落することをすべて「喪失」として取り上げていました。<br />　私は小さい頃から、父の仕事の都合で転居・転校が多かったのですが、それぞれの別離についてちゃんと向き合うことをしてこなかったように思います。小さな痛みも放っておかず、向き合うことが大事なのだ、と実感しました。<br /><br />　また、この本で気付いたのは、グリーフから立ち直る過程は能動的なものである、ということです。喪失を体験した後、自分のアイデンティティーや人生の「ナラティブ（物語）」を書き換える必要があるということ。<strong>喪失をきっかけに、自分自身を変化させていこう</strong>、という、アメリカ的なポジティブさを感じました。<br /><br />　その「意味再構築」の過程のために様々なイベントが紹介されているのですが、私も何かやらなきゃダメ？？と思わせられる部分があったので、他の同類の本を読んでみました。<br /><br />　</p><p><!-- amazon --></p><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480842543/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img class="sonet-asin-image" src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51JS4AZPAVL._SL160_.jpg" alt="死別の悲しみを癒すアドバイスブック―家族を亡くしたあなたに" title="死別の悲しみを癒すアドバイスブック―家族を亡くしたあなたに" width="113" height="160" /></a> <div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480842543/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">死別の悲しみを癒すアドバイスブック―家族を亡くしたあなたに</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: キャサリン・M. サンダーズ</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 筑摩書房</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2000/03</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><p><!--/ amazon --><br />　これは著者自身がトラウマを伴う死別を体験していて、しかもカウンセラーでもある、という本です。悲しみにはいくつかのフェーズ（段階）があって、その時々の悲しみと向き合い、段階を経ていくことで、悲しみは乗り越えられる、という内容です。<br /><br />　悲しみの「第三段階」としての「ひきこもり」と、10章に書かれている「家族全体の悲しみ」について、特に共感する部分が多かったです。訳もなく沸き起こってくる怒りの感情や暴力性について、「<font color="#3366ff">あなたは頭がおかしくなったわけではないのです</font>」と繰り返し書いてあって、思わず涙がこぼれそうになりました。精神科の先生が「病気ではないのかもしれない」と言っていたのが思い出されました。<br /><br />　この本を読んで得た気持ちはたくさんあるのですが、主なものを以下に挙げておきます。<br /><br /><font color="#ff6600">・過去でも未来でもなく、今を大切にする<br />・意図しないで訪れる出来事を感謝して受け入れる<br />・自分の人生をコントロールしようとしない<br />・自分と身の回りのことに愛情を注ぐ<br /></font><br />　自分を大切にしようという気持ちと、生きている世界に安心して身を委ねる気持ちを持てるようになりたい、と思ったのです。<br /><br />　また、最終章には悲しみを繰り返して生きていくことの意義、のようなことも書かれてあって、深く心に残りました。<br /><br />　この本も先の本と同様、<strong>アイデンティティーを変化させることで悲しみを乗り越える</strong>ことが大事だと説いています。子を失った親、夫をなくした妻、など、紹介例はあるのですが、兄をなくした妹（しかも自死で）というのは一例もなかった。世間での立場が変わる、というあからさまなものではないけど、やっぱり私には私なりのアイデンティティーの変化が必要だったのだ、と悟りました。多分、私は元々他人に対する依存性が強くて、自我境界の薄い子だったんだろう、と思います。私に強い影響を与えていた兄がいなくなって、私は自分の弱い部分を克服する必要があったのだと思います。でもそのことに目を向けずに今まで生きてきてしまったのでした。</p><p>　「悲しみを乗り越える」というのは、悲しい気持ちが薄らぐことで、それは一生無理なことだと思っていた。でもそうではなくて、<strong>悲しみを通して自分を変化させること</strong>なんだ、ってやっと理解することができました…　<font size="1">（頭悪いよ、本当に…）</font>。<br /><br />　この本は最初図書館で借りて読んでいたのですが、最終的に購入しました。今後大きな悲しみがやってきた時に、立ち直ることができるフェーズがあることを忘れないよう、手元に置いておきたかったからです。お守りのようなものですね…。<br /><br />　2つの本に共通して、故人のことや自分の感情を誰かに積極的に話すことが大事、と書かれていました。それが必要だ、ということは私自身もずっと前から思っていました。でも、兄と兄の死のことはこれまで極力他人に話さないようにしなくてはならないことでした。家族の中でさえ兄の話をすることは殆どなくて、父の前ではいまだにタブーですらあって、兄のことや自分の感情を話すことで、家族の感情を今さらほじくり返すことはナンセンスだと思ってたのです。<br /><font size="1" color="#e6e6e6">（でも、でも、そうやってまるで兄の存在自体がなかったかのように、私自身や家族がふるまっているのを、私はずっと耐えられないでいたんだ。。。！！）</font></p><p>　誰かに話して、悲しい気持ちを2010年に置いてしまいたい、と思いました。相手は夫婦喧嘩を繰り返していた旦那さんしかいなかった。当時私はまだ荒れている時期で、二人の生活のことやコミュニケーションのことで大ゲンカをしたばかりでした。兄のことと何の関係もない旦那さんを巻き添えにして、不快な思いをさせることに抵抗があったけど、大晦日の晩にお願いしました。何のコメントもアドバイスもいらないから、ただ話を聞いてほしい、と。旦那さんは抵抗やプレッシャーを感じつつも受け入れてくれました。そして同じ涙を流して私の話を聞いてくれた…。</p><p>　私はただヒストリーを話しているつもりだったけど、今現在はどうなのか、ということを話す段になって、自分の考えを整理することができたように思います。旦那さんと共通した意見は、私は<strong>自分をゆるす</strong>必要がある、ということでした。</p><p>　具体的に自分をゆるす過程は瞑想チックなことをするようになってから始まったと思います。<!-- amazon --></p><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/427000553X/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img class="sonet-asin-image" src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51N6JenVe3L._SL160_.jpg" alt="食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書" title="食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書" width="110" height="160" /></a> <div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/427000553X/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: エリザベス ギルバート</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 武田ランダムハウスジャパン</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2009/12/17</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本<!--/ amazon --></li></ul></div></div><p>&#160;</p><p><br /><br />　瞑想チックなことを始めたきっかけはこの本でした。 30も半ばを過ぎて、自分が未熟であるという意識を持っている人が他にも（しかもアメリカ人で）いた、というのが意外だったのです。色々と自分と共通点の多い主人公（＝著者）の魂が成長していく過程を辿る中で、著者が実践していた瞑想が私にとっても必要なものなのではないか、と思えたのです。<br /><br />　誰かに教わったわけではないので、超自己流ですが、ただ胡坐で座って、なんとなく手を膝の上に置いて、深く呼吸をするようにしています。目を閉じて、自分の心の状態を確認しています。始めた頃は私の中にいる「子供の私」に呼びかけるようにしていました。悪さを働くのはそいつだろう、と常々思っていたからです。<font color="#ff6600">一緒に生きていこう</font>、と呼びかけると頭の中がぐるぐると回転するのを感じました。<br />　<br />　また、瞑想的なことををしているうちに、私の細胞の一つ一つを満たすように、「<font color="#3366ff">私を責めている私</font>」が存在することにも気付きました。「潜在意識」というものなのかもしれません。そいつは母の姿で夢に現れてくることも分かりました。両親と仲違していた頃には、ストレートに「謝れ！」と夢で私に言ってきました。兄が死んで7カ月後くらいに通夜の晩の夢を見た時には、「T（兄の名）でなくて、おめぇが死ねばよかったのに」と言っていた。私は長年、それが母の本心なのだろうと思っていたけど、そうではなくて、「お兄ちゃんが死んで、なんでお前が生きてるんだ？」って、私が私を責めていたのだ。<br />　そのことに気付いた後で、また母の夢を見た。お前は私のことを責めているのか、とそいつは言った。私は誰のことも責めたくない、と答えた。特に私のことはもう責めたくないんだ、と言って、その夢はそこで終わっていた。<br /><br />　「私を責めている私」の存在に気付いた後も感情の上下はありました。『食べて、祈って…』の本の中にヒントがあったのですが、消し去られることを恐れる自我が悪さをするのだ、ということにも気づきました。だから、瞑想をする時に、無意識の私も、子供の私も、全部が私の一部で、どの私も大切なのだ、と言い聞かせるようになりました。<font color="#ff6600">愛しているから、決して排除しようとしたりしないから、受け入れているから</font>、……という感じです。</p><p>　「自分をゆるす」という意味が分かりかけてきて、なんとなく体調も良くなってきたかなー、と思っていた頃に大震災が起きました。岩手の内陸にある実家は携帯のメールで震災の日に無事が確認できたけど、沿岸に住んでいる親戚や友人の安否はすぐには分からなかった。最終的に、宮古市にある母の実家で一人暮らしをしていた叔父が遺体で発見されました。馴染みのある町が跡形もなくなっている様子、津波で流された母の実家、そして叔父の死、と、まるで夢でも見ているんじゃないか、と思うような、信じられない感情に押し潰されそうになっていました。</p><p>　叔父の遺体が見つかった、という連絡が私にだけ知らされなかった、ということもありました。両親（というか母親）の心情と、色々偶然が重なったことに因るのですが、それは兄が精神病棟に入院したことが故意に私にだけ知らされず、兄本人が病院からかけてきた電話で事態を知った、という出来事を思い出させました。あの時のショックと、憤り、不信感などが甦ってきて、この人たちはまた私に同じことをするのか、と思い、それはとても暴れてしまったのです…。</p><p>　自分でもどうしてそんなに暴れてしまうのか分からなくて、気持ちを落ちつけて考えてみると、叔父の死の連絡が遅延したという事実よりも、過去の出来事に対して自分が上乗せしてきた感情による、ということが分かりました。自分が長い年月をかけて上塗りしてきた感情が如何に屈折したものであるか、再認識させられた思いです。</p><p>　だから、私は今現在起きている震災後の経過を気をつけて過ごさなければならない、と思っています。死別や悲しい事実に<strong>必要以上の感情を植えつけない</strong>よう、気をつけなければなりません。3月11日が一生忘れられない日になるのは間違いないけど、トラウマにしてはいけない。TVで壊滅した被災地の映像が流れると今でも心が泣くけれど、必要以上に悲しみを染み込ませてはいけない。兄の死と向き合って気づいたことを今に適用させようと努力しています。<br />　</p><p>　もう一つ、現在進行形で気付いたことを書いておきます。<br />　瞑想が自己流でいいのか分からなくて辿りついたこの本 ↓ で気付いたこと。<br />　<!-- amazon --></p><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093881065/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img class="sonet-asin-image" src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51H-at3jkfL._SL160_.jpg" alt="考えない練習" title="考えない練習" width="111" height="160" /></a> <div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093881065/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">考えない練習</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: 小池 龍之介</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 小学館</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2010/02/09</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><p>　本の中身は仏教の視点によるものですが、はっとさせられることが多かった。脳は刺激を求めたがるものだということ。悲しい・辛い気持ちによる強い刺激が大好き。私の脳は間違いなく刺激ジャンキー。こいつをなんとか更生させなければと思っています。<br />　また、事実はあくまで事実であって、そのことに対する感情は自分が決めているのだ、ということも心に留めたいと思っています。客観的に事実を見て、淡々と受け流す、という、<font size="4">私が最も苦手とすること</font>ができるように、努力したいと思っています。</p><p>　色々と本を紹介したついでに…。<!-- amazon --></p><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4331514374/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img class="sonet-asin-image" src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/510jksWKniL._SL160_.jpg" alt="人生の言い訳" title="人生の言い訳" width="98" height="160" /></a> <div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4331514374/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">人生の言い訳</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: 高田 純次</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 廣済堂出版</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2010/02/26</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><p>　高田純次サンの本も、前を向く気持ちになれたと思います。実は結構苦労をされていて、お母さん思いの人でした。「<strong>止まない雨はないよ</strong>」という言葉が胸に残っています。文体はひょうひょうとしていて大上段ではなく、おかしくて思わずふいてしまうところもあり<font size="1">（文字も大きく薄いので）、</font>1日もあれば読んでしまう感じでした。勇気もらえたと思うし、こんな人が身近にいたらなーって思いました（＾＾；。</p><p><br />　最後に亡くなった叔父の思い出を残しておきます。<br />　今年の元旦の朝9時頃、叔父から電話がありました。「お姉ちゃん（私の母）のところに新年のあいさつで電話をしたら、○ちゃん（私）が赤ちゃんできなくて元気なくしてる、って聞いたもんだから」と言って、年賀状に書いておいたうちの電話番号を見てかけてくれたのでした。「○ちゃんにはマリアさんがついてるからサ。大丈夫だから、心配しないで」と励ましてくれた。声が元気そうだから安心した、と言って、最後に「年賀状、おおきにね」、と電話を切った。私は「相変わらず突拍子もない人だな～」とだけしか思わなかった。心配してくれてありがとう、って言えなかった。叔父との最後の会話だったのに。</p><p>　 事情はよくわからないけど、叔父はずっと独身だった。新しい家族が欲しい、と思う私の気持ちを応援してくれていたんだと思う。<font size="1">（叔父とのことをちょっとだけ書いた過去記事があったのでリンクしておきます→　</font><a href="http://comeonbaby.blog.so-net.ne.jp/2009-09-26" target="_blank" title="リセットと精子凍結と敬老の日"><font size="1">「リセットと精子凍結と敬老の日」</font></a><font size="1">：2009年9月　記事の最後の方に書いてます…）</font></p><p>　浮かんでくるのは叔父の笑顔だけです。いつもニコニコ（というか、ニカニカ）笑っている人だった。ご遺体が余りに多くて、葬儀ができるのは6月以降、と言われていたのに、寺の都合で急に決まった葬儀に私は行けなかった。でも、葬儀のあった日、宮古は快晴だった、と聞いて、きっと叔父は天国に行ったことだろう、と思っています。叔父の死と、破壊された町々から、自分を新たにしていこうと思っていますし、三陸の町も新たになって復興していくことを信じています。</p><p>&#160;</p><p>　長らく不妊治療をお休みしていましたが、花粉の飛散がおさまった頃（多分5月中ごろ）に再開したいと思っています。凍結保存している卵をお迎えできるくらいに気持ちの整理がついてきて、体調を整える準備ができる余裕も生まれ、悪い結果になった時の気持ちの持ちようについても準備ができそうだと思っているからです。</p><p>　このお休み期間に兄のことや自分のことを見つめて、兄の死と結びつかない、<font color="#ff9900">純粋に幸せだと思える自分の家族が欲しい</font>、と思うようになっていました。自分の実家が不幸だとは決して思わないけど、兄のことによる悲しい記憶が消える日はありません。悲しい記憶と直接結びつかない、心から幸せだと思える自分の家庭を持ってみたいのです。できれば伴侶と自分の間の子という形で。<br />　「家族」には色んな形があるはずだ、と自分に言い聞かせてきました。夫婦二人だって家族だし、ペットも家族、ご縁があれば養子を迎え入れて家族、という形もある。でも、出来ることなら夫婦の間の子供を授かって家族になりたい。可能性が望める限りは、諦めないでその希望を叶えていきたいと思っています。</p><p>　お休み期間に得た感情を忘れずに、不妊治療を続けていきたいと思っています。<br />　この手の過去話を記事にするのも最後にしたいなー…。<br />　<br />　おもーーーく、ながーーーい、お粗末な文に最後までお付き合いいただいて、ありがとうございました！m(_ _)m。　がんばりますよん！</p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>pawpaw</author>
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