<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>Healing Writing</title>
	<atom:link href="http://www.healingwriting.com/blog/?feed=rss2" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://www.healingwriting.com/blog</link>
	<description>書く冒険への誘い</description>
	<lastBuildDate>Thu, 21 Mar 2024 09:47:03 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=6.2.9</generator>

<image>
	<url>http://www.healingwriting.com/blog/wp-content/uploads/2019/04/cropped-siteicon-3-32x32.png</url>
	<title>Healing Writing</title>
	<link>http://www.healingwriting.com/blog</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>オメガポイントへの考察</title>
		<link>http://www.healingwriting.com/blog/?p=576</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[yoji]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 05 Mar 2024 08:37:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オメガポイントへの階梯]]></category>
		<category><![CDATA[説明]]></category>
		<category><![CDATA[オメガポイント]]></category>
		<category><![CDATA[ジョージア・ガイドストーン]]></category>
		<category><![CDATA[テイヤール・ド・シャルダ]]></category>
		<category><![CDATA[現象としての人間]]></category>
		<category><![CDATA[高次の人格]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.healingwriting.com/blog/?p=576</guid>

					<description><![CDATA[オメガポイントへの階梯002 「オメガポイントへの階梯001　僕たちの未来はグレートリセット？」に、「オメガポイントとは、人類が行き着くであろう究極点。その究極点がどのようなものであるのか、推測してみる。もちろん、推測で&#8230; <br> <a class="read-more" href="http://www.healingwriting.com/blog/?p=576">もっと読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h6 class="wp-block-heading">オメガポイントへの階梯002</h6>



<p>「オメガポイントへの階梯001　僕たちの未来はグレートリセット？」に、「オメガポイントとは、人類が行き着くであろう究極点。その究極点がどのようなものであるのか、推測してみる。もちろん、推測でしかないことは承知の上で。」と書きました。僕なりの推測を大雑把に書いてみます。</p>



<p>地球はだいたい46億年前にできたと言われている。それからどのように今の地球になってきたのか、ネットを調べるといろいろと出てくるので、それらを参考にしてほしい。</p>



<p>地球は進化の途上にある。46億年の地球が経てきた変化が過去の進化の姿であり、これからどのように変化していくかを考えたい。</p>



<p>人新世がどんな影響を地球に与え、その結果、どのように変化していくのかを考えてみたい。「そんなことを人間が考えるのはおこがましい」という人もいると思うが、今の状況では人間が考えるしかない。地球の環境を正しくない方向へと導いたのが人間だとするなら、正しい方向に戻すのは人間しかおらず、もし人間が生きていけないような環境になったら、人間が滅びるだけで、地球は別の生物を進化させていくようになるだけだろう。だから、正しいとか正しくないとかは「人間の基準でしかない」。それは理解している。人間がまだこれからも地球上に生かしてもらうために何を考えたらいいかについて書いていく。</p>



<p>地球は現在、破滅的な方向に進んでいる。地球の表面を何度も破壊するための核爆弾を持ち、生命を絶滅させるに足る放射性物質を保存し、生命がどんな変化を遂げるのかわからないような薬剤を作ってしまっている。少し間違えば人類は絶滅寸前の状態になるのは火を見るより明らかだ。それを僕たちは見ないことにしているのが現実だということを踏まえないとこれからの話はできない。</p>



<p>絶滅するのは人類だ。生命はきっと細々と生き残り、新たな進化を始めるだろう。そんな危険な状態を何十年も凌いできた。もし生き残りたいのであれば、今の考え方を改めるしかないだろう。</p>



<p>どうやって？</p>



<p>それがこれからのテーマだ。</p>



<p>ジョージア・ガイドストーンをご存知だろう。1980年に何者かが建てた花崗岩による六メートル近いモニュメント。2022年7月6日に破壊された。そこには八種類の言語で以下のようなことが書かれていた。</p>



<p>1.大自然と永遠に共存し、人類は5億人以下を維持する<br>2.健康と多様性の改善、再生を賢明に導く<br>3.新しい生きた言葉で人類を団結させる<br>4.熱情・信仰・伝統・そして万物を、沈着なる理性で統制する<br>5.公正な法律と正義の法廷で、人々と国家を保護する<br>6.外部との紛争は世界法廷が解決するよう、総ての国家を内部から規定する<br>7.狭量な法律や無駄な役人を廃す<br>8.社会的義務と個人的権利の平衡をとる<br>9.無限の調和を求める真・美・愛を賛える<br>10.地球の癌にならない &#8211; 自然の為の余地を残すこと &#8211; 自然の為の余地を残すこと</p>



<p>現在、地球上の人口は80億人を超えている。5億人を維持するために75億人以上の人たちを、この記念碑を建てた人たちはどうしようとしていたのだろう？　この疑問と、現在の超過大量死が結びついて、恐ろしいことを考えている人がたくさんいる。それが正しい考えかどうか、僕は知らない。しかし、そういう不安が生まれざるを得ないのは理解できる。</p>



<p>もし地球上の人口が五億になったとしたら、確かに環境は改善されるでしょう。でも、そんなこと本当に望みますか？　16人のうち15人がいなくなるんですよ。穏当に考えたとして、何十年もかけて生まれてくる子供の数を制限するとしても、そんな社会に生きていたいでしょうか？　残る五億の子供達は、どのように選ばれるのでしょうか？　ジョージア・ガイドストーンの考えを真に受けると、とんでもない未来がやってきそうです。</p>



<p>では、どうするべきか。来たるべき100億人の地球で、みんなか楽しく暮らせる状態を生み出すしかないでしょう。</p>



<p>そんなことができるのか？</p>



<p>それができるように考えていきたいと思います。</p>



<p>オメガポイントという言葉は、テイヤール・ド・シャルダンの著作『現象としての人間』で知りました。その本にはこんなことが書いてある。</p>



<blockquote class="wp-block-quote">
<p>生命の樹の樹液全体を一本の枝だけのために集め、他の枝の死の犠牲の上に立つ民族主義者の理想は誤っているし、自然の理にそむいている。太陽にむかって伸びあがるためには、まさに木の枝全体の成長が必要なのである。世界の出口、未来の扉、超＝人間への入口、これらは、いく人かの特権者やあらゆる民族のなかから選ばれた唯一の民族だけに開かれているのではない。それらは万人の圧力に対して、すなわち、全人類が地球の精神的革新において一致団結し、完成されるような方向に対してのみ道をあけるのである。</p>
<cite>『現象としての人間』　ティヤール・ド・シャルダン著　美田稔訳　みすず書房刊</cite></blockquote>



<p>そしてシャルダンは人類が行き着く究極点をオメガポイントと呼びました。それはもちろん人口五億の地球ではない。生まれるべきものは「高次の人格」と書かれています。それは人間にとってまだ見ぬものです。概念的に『現象としての人間』には書かれていますが、具体的にはどのようなものか、まだよくわからない。だけど、それを具体化するべき時代になったのだと思います。</p>



<p>興味のある人は「高次の人格」がどのようなものか、考えて書いてみてください。</p>



<p>僕も次第にここに書いていきます。</p>



<p></p>



<p></p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>自分は何に触発されるのか？</title>
		<link>http://www.healingwriting.com/blog/?p=555</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[yoji]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 11 Jun 2022 09:00:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エクササイズ]]></category>
		<category><![CDATA[自分史を書く]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.healingwriting.com/blog/?p=555</guid>

					<description><![CDATA[自分史を書く004 「あなた自身のストーリーを書く」に「自分は何に触発されるのか？」というエクササイズを入れました。自分の根幹に触れるためのエクササイズです。自分でそういうエクササイズを作っておきながら、どうやら長い間、&#8230; <br> <a class="read-more" href="http://www.healingwriting.com/blog/?p=555">もっと読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h6 class="wp-block-heading">自分史を書く004</h6>



<p>「あなた自身のストーリーを書く」に「自分は何に触発されるのか？」というエクササイズを入れました。自分の根幹に触れるためのエクササイズです。自分でそういうエクササイズを作っておきながら、どうやら長い間、僕自身このことに直面できなかったようです。いろんなものに触発されるし、インスピレーションを与えられるけど、自分が立っていられないほど、ぐらぐらするほどに触発されるものが何かについて、第３の眼は開いていなかった。その存在に気づきもしていなかったようです。それを最近やっと見つけた気がします。</p>



<p>じゃあ、それは何か？　それが言葉になりません。</p>



<p>他人にとってはその言葉にならない概念は「言葉に括られていない」から理解不能でしょう。それに触れると僕は異常に反応します。それに触れられたかどうかがわかるのは、僕が異常に反応するかどうかだけなのです。だからうまく説明できません。</p>



<p>これが僕のなかで明確になったのは、毎日のように自分のための文章を書き続けたおかげだと思います。</p>



<p>だから、それを文章に書けと宿題を出しながら、僕自身がその宿題に答えられていない。こういう僕を許してください。許してくれなくても、勝手に僕が許してしまいますが。w</p>



<p>そういう前置きをしながら、そのエクササイズをしてくださいというのは少しだけ気が咎めるけど、仕方ありません。無理に難しくすることはないでしょう。できることをやっていくことで、いつかはっきりと見つけられるかもしれません。(20年以上かかった人に言われたくないよと思うかもしれませんけど)</p>



<blockquote class="wp-block-quote">
<p>エクササイズ2-2</p>



<p>自分が触発されるものを探し、それをきっかけとして何か文章を書きなさい。</p>
</blockquote>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>感情を書く</title>
		<link>http://www.healingwriting.com/blog/?p=548</link>
					<comments>http://www.healingwriting.com/blog/?p=548#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[yoji]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 06 May 2022 10:16:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エクササイズ]]></category>
		<category><![CDATA[言葉と私]]></category>
		<category><![CDATA[感情]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.healingwriting.com/blog/?p=548</guid>

					<description><![CDATA[言葉と私027 以下のエクササイズをしてください。 エクササイズ1-15 いままでで一番うれしかったことを書いてください。 書き終えたらずっと下を読んでください。 とてもうれしいとき、なぜ自分がとても嬉しいのか説明できま&#8230; <br> <a class="read-more" href="http://www.healingwriting.com/blog/?p=548">もっと読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h6 class="wp-block-heading">言葉と私027</h6>



<p>以下のエクササイズをしてください。</p>



<blockquote class="wp-block-quote"><p>エクササイズ1-15<br> いままでで一番うれしかったことを書いてください。</p></blockquote>



<p>書き終えたらずっと下を読んでください。</p>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" width="175" height="1024" src="http://www.healingwriting.com/blog/wp-content/uploads/2019/04/blanc3000-175x1024.jpg" alt="" class="wp-image-240" srcset="http://www.healingwriting.com/blog/wp-content/uploads/2019/04/blanc3000-175x1024.jpg 175w, http://www.healingwriting.com/blog/wp-content/uploads/2019/04/blanc3000.jpg 512w" sizes="(max-width: 175px) 100vw, 175px" /></figure>



<p>とてもうれしいとき、なぜ自分がとても嬉しいのか説明できますか？</p>



<p>もちろん、説明できる人には問題なくできるでしょうけど、感情って説明しようとすると難しくありませんか？　特に、普段自分のことを知らない人に説明できますか？　きっとあなたが「うれしい」というと、家族も友人も同調してくれて、「うれしいのね」と理解してくれるかもしれません。それは家族や友人がなんとなく、こういうことにあなたは喜ぶと知っているからではないですか？　第三者が読むような文章に、自分が喜んでいることを書き、その喜びを正しく理解してもらうのは難しくありませんか？　</p>



<p>そういう文章が書けるようになるためには、何を理解したらいいのでしょう？　または、読者に何を理解してもらったらいいのでしょう？</p>



<p>そんなことを感じながら、エクササイズ1-15をやろうとすると、少し難しく感じるかもしれません。</p>



<p>自信のあるかたは、他人に理解してもらう説明を前提にエクササイズ1-15をもう一度してみてください。</p>



<p>大切なのは、答えを得ることではありません。</p>



<p>書き終えたら、瞑想に適していると思う音楽を聴きながら、瞑想してください。無音での瞑想でも構いません。<a href="https://soundcloud.com/healingsoundmaker/hu8xqytrydk5">こちらの音楽を利用しても結構です。</a></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>http://www.healingwriting.com/blog/?feed=rss2&#038;p=548</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>僕たちの未来はグレートリセット？</title>
		<link>http://www.healingwriting.com/blog/?p=539</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[yoji]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 04 May 2022 06:08:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エクササイズ]]></category>
		<category><![CDATA[オメガポイントへの階梯]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.healingwriting.com/blog/?p=539</guid>

					<description><![CDATA[オメガポイントへの階梯001 未来はどこにあるのか？ 僕たちの概念の上にしかない。 未来を正確に、今知ることはできるのか？ きっとできないだろう。 なぜできないのか？ まだ見ぬ概念が絡み合うことで、想像もつかない未来が展&#8230; <br> <a class="read-more" href="http://www.healingwriting.com/blog/?p=539">もっと読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h6 class="wp-block-heading">オメガポイントへの階梯001</h6>



<p>未来はどこにあるのか？<br> 僕たちの概念の上にしかない。</p>



<p>未来を正確に、今知ることはできるのか？<br>
きっとできないだろう。</p>



<p>なぜできないのか？<br>
まだ見ぬ概念が絡み合うことで、想像もつかない未来が展開するから。</p>



<p>未来の希望はどこにあるのか？<br>
まだ誰も正しく知ることができないという点に希望がある。</p>



<p>オメガポイントとは、人類が行き着くであろう究極点。その究極点がどのようなものであるのか、推測してみる。もちろん、推測でしかないことは承知の上で。</p>



<p>そんなことにどんな意味があるのか？<br>
もしかしたら、なんの意味もないかもしれない。だけど、一見すると何の意味もないことに、大きな意味が見出されることがある。たとえば、瞑想。ただ黙って静かにしているだけ。そのことにどんな意味があるだろう？　いろんな人がいろんな意味を瞑想に与えている。それと同様、オメガポイントを空想することは、これから僕たちが生きていくための意味を与えることになる。それを多くの人々が作り合うことによって、豊かな未来が開けるだろう。</p>



<p>そのことが正しくなかったらどうするのか？<br>
間違いが見つかる度に修正すればいい。人は宇宙のすべてを知ることはできない。空想できる範囲でしか、空想できない。空想できる範囲で空想すればいい。</p>



<p>いままでの「第一章　言葉と私」と「第二章　自分史を書く」は、自分のことだけを考えていればよかった。「第三章　オメガポイントへの階梯」は、自分のこと以外を考えなければならないような気がする。自分のことだけを考えていればいいのではないか？<br>
確かに第一章も第二章も、自分のことが中心だった。だけど、他人や他の存在が登場しないわけではない。家族や友人や、会社の同僚なども書いた文章には登場したはず。人間はどんなに自分のことだけを考えようとしても、他人や他の存在との関係が思考の中に浮かんでくる。それなしには考えることはできない。第三章では、自分という概念の枠を拡張してみる。そのことではじめて気づくことについて書いていく。</p>



<p>僕たちは知らないうちに自分の枠を拡張している。メディアと関わることによって。言葉も基本的なメディアの一つ。</p>



<p>僕たちはニュースを見ることで、遠く離れた場所で起きていることを知っていると思い込んできた。しかし、ウクライナの状況を知るにつけ、何が真実かよくわからなくなってきている。それは新型コロナウィルスのことやワクチンに関してもそう。このような体験が自分の枠を拡張している。</p>



<p>自分の枠を拡張している最中に、その枠を意識できる人はほとんどいない。枠が拡張しきってからはじめて、「そんな枠あったかな？」と感じられるかどうか。</p>



<blockquote class="wp-block-quote">
<p>エクササイズ3-1<br> 理想とする未来がどのようなものか書け。</p>
</blockquote>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>親ガチャという前提</title>
		<link>http://www.healingwriting.com/blog/?p=534</link>
					<comments>http://www.healingwriting.com/blog/?p=534#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[yoji]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 21 Apr 2022 03:38:58 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[自分史を書く]]></category>
		<category><![CDATA[書く冒険]]></category>
		<category><![CDATA[親ガチャ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.healingwriting.com/blog/?p=534</guid>

					<description><![CDATA[自分史を書く003 ネットスラングの「親ガチャ」という言葉をはじめて聞いたときは驚きました。 確かに置かれている環境は人それぞれであり、ハンディを負っていると思う人はもちろんいるでしょう。そういう人に「それでも可能性を追&#8230; <br> <a class="read-more" href="http://www.healingwriting.com/blog/?p=534">もっと読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h6 class="wp-block-heading">自分史を書く003</h6>



<p>ネットスラングの「親ガチャ」という言葉をはじめて聞いたときは驚きました。</p>



<p>確かに置かれている環境は人それぞれであり、ハンディを負っていると思う人はもちろんいるでしょう。そういう人に「それでも可能性を追求しろ」とか「がんばらずにどうする」とか、言うつもりはありません。大変な環境に生まれたなら、それなりに大変であろうことは想像できます。</p>



<p>だから、大変な環境に生まれた人に、無理強いしようとは思いません。「願えば叶う」とか、「意思は通じる」とか、言ってみたところで仕方ないことです。僕たちはみんな、将来をどう考えるのか、それは自由なのです。</p>



<p>「私は親ガチャのおかげで、○○ができない」と考えるのは、その人の自由です。</p>



<p>一方で、「私は親ガチャのおかげで、○○できない状況にあるが、それを打破してみせる」と考えるのも、その人の自由です。</p>



<p>このサイトを読みに来たあなたは、きっとどんな深刻な親ガチャに見舞われていても、それを跳ね返そうとしているのだろうなと思います。そのためにはきっと、お手軽な答えではどうにもならないのでしょう。そういう難しい課題に挑む心意気があるのであれば、いろんなんところにそれを解決するためのヒントが見つけられるかもしれません。自分の立場は自分で考える必要があるのです。わざわざ書く冒険をしなくても、人生は生きているだけで冒険です。</p>



<p>「じゃあ、書く冒険ってなに？」と聞こえてきそうです。人生という冒険をいろんな角度から、深く味わうためのノウハウと言えるかもしれません。書くことによって見えてくることは無限にあります。新たなことをひとつ見つけたら、そこからまた新たな謎が生まれます。そうやって永遠に続けてどうするのか？　この答えを簡単に出すのはもったいないと感じます。あなたはどんな答えを出しますか？　ヒーリング・ライティングで出されるエクササイズを超えて、あなたにしか出せない答えを出していって下さい。</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>http://www.healingwriting.com/blog/?feed=rss2&#038;p=534</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>なんのために書くの？</title>
		<link>http://www.healingwriting.com/blog/?p=526</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[yoji]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 13 Apr 2022 03:06:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エクササイズ]]></category>
		<category><![CDATA[自分史を書く]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.healingwriting.com/blog/?p=526</guid>

					<description><![CDATA[自分史を書く002 このサイトのアウトラインに「書く冒険に出発」というページがありますが、そこにこう書きました。 ヒーリング・ライティングをおこなうにあたり、なぜこれをするのか、自分にとっての動機を考えて下さい。なんのた&#8230; <br> <a class="read-more" href="http://www.healingwriting.com/blog/?p=526">もっと読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h6 class="wp-block-heading">自分史を書く002</h6>



<p>このサイトのアウトラインに「書く冒険に出発」というページがありますが、そこにこう書きました。</p>



<blockquote class="wp-block-quote"><p>ヒーリング・ライティングをおこなうにあたり、なぜこれをするのか、自分にとっての動機を考えて下さい。なんのためにヒーリング・ライティングをしようとしているのでしょう？　いろんな理由があるはずです。「単なる興味」ではじめるのも悪くはないですけど、明確な動機があると、そこに向かって考察がしやすくなります。</p><p>たとえば、「文章が上手になりたい」「両親との関係を修復したい」「自分が思ったように話ができる人になりたい」「好きな人に自分のことをわかってもらいたい」「仕事が能率的にできるよう、コミュニケーション能力を上げたい」など、あなたにとって切実な動機であればあるほど効果的になります。あなたはどんな動機でヒーリング・ライティングに取組みますか？　それを書いてみて下さい。</p><cite><a href="http://www.healingwriting.com/blog/?page_id=78">「書く冒険に出発」へのリンク</a><br></cite></blockquote>



<p>あなたはもう書きましたか？　なんのためにヒーリング・ライティングをやっているのかの理由。もしまだなら、ぜひそれを自分なりに書いてみて下さい。それを書くことで、はじめてなぜこのサイトを読んでいるのかがわかるかもしれません。</p>



<p>もしかしたら、それを自分が認めることが嫌かもしれません。その目的はあなたにとって切実なものであればあるほど、きっとヒーリング・ライティングをやる価値が高まるでしょう。そして、せっかくやるのであれば、大きな価値を手にしていって下さい。</p>



<p>さて、このことについて明確になったら、エクササイズ2-1に取りかかって下さい。目的が明確であると、エクササイズ2-1の内容はきっと明確でないときに書くものと少し違ってくるでしょう。</p>



<blockquote class="wp-block-quote"><p>エクササイズ2-1<br> 自分が何をしたいのか、どんなふうに暮らしたいのか、どんな生き方をしたいのかを文章にしなさい。</p></blockquote>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>朗読してみる？</title>
		<link>http://www.healingwriting.com/blog/?p=487</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[yoji]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 12 Apr 2022 10:24:57 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エクササイズ]]></category>
		<category><![CDATA[言葉と私]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.healingwriting.com/blog/?p=487</guid>

					<description><![CDATA[言葉と私026 繊細な母親は、子どもの声を聞いただけでその状態を察知します。だから、子どもがウソをついてもたいていお見通しです。なぜそのようになるのか。微妙な声の変化に感情が表現されるからです。 大人でも、自分の書いた文&#8230; <br> <a class="read-more" href="http://www.healingwriting.com/blog/?p=487">もっと読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h6 class="wp-block-heading">言葉と私026</h6>



<p>繊細な母親は、子どもの声を聞いただけでその状態を察知します。だから、子どもがウソをついてもたいていお見通しです。なぜそのようになるのか。微妙な声の変化に感情が表現されるからです。</p>



<p>大人でも、自分の書いた文章に感情的な部分があると、それを朗読したときに声にそれが現れるものです。感情というものは「他人にあまり知られたくない」と思う人が多いようですが、どんなに隠したくても隠せないものです。どうせならきちんと表現しましょう。ただし、職場でそれをすると鬱陶しがられるでしょうけど。だけど、友達と集まってヒーリング・ライティングをみんなでするというときには、朗読の時間を設けて朗読することをお勧めします。</p>



<p>自分の感情をきちんと受け止めてもらうことは大切なことです。</p>



<p>どんな文章も朗読するといいのですが、入門編として、エクササイズ1-13で書いた「幼い頃の思い出」を朗読してみてください。</p>



<blockquote class="wp-block-quote"><p>エクササイズ1-14</p><p>自分の書いた「幼い頃の思い出」を感情込めて朗読してください。</p></blockquote>



<p>何人かで集まって、互いに朗読し合いと楽しいですよ。その際には互いにからかうようなことはせず、相手の朗読をまずは受け取り、そのあとで、互いにどんな感情を抱いたかシェアしてみて(分かち合ってみて)ください。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>なぜ自分史を書くのか</title>
		<link>http://www.healingwriting.com/blog/?p=481</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[yoji]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 10 Apr 2022 09:54:40 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[自分史を書く]]></category>
		<category><![CDATA[説明]]></category>
		<category><![CDATA[自分が誰か]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.healingwriting.com/blog/?p=481</guid>

					<description><![CDATA[自分史を書く001 過去はどこにあると思いますか？ どこにもないですよね。あるとしたら思い出の中、記憶の中です。では、思い出や記憶はいつ生まれるのでしょう？　それは「過去だろう」という人が多いでしょうけど、実は現在生まれ&#8230; <br> <a class="read-more" href="http://www.healingwriting.com/blog/?p=481">もっと読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h6 class="wp-block-heading">自分史を書く001</h6>



<p>過去はどこにあると思いますか？</p>



<p>どこにもないですよね。あるとしたら思い出の中、記憶の中です。では、思い出や記憶はいつ生まれるのでしょう？　それは「過去だろう」という人が多いでしょうけど、実は現在生まれているものです。</p>



<p>「そんなことあるわけない」と多くの人が思うのは知っています。「過去があって、そこで思い出や記憶は生まれます」と多くの人が思い込んでいます。常識的に答えるならそれでいいでしょう。でも実は、思い出も記憶も、いま新たに生まれているのです。</p>



<p>なぜそうなのかは、自分史を丁寧に書いていくといつか理解できるでしょう。でも、考えるきっかけとして、簡単な例をここに書きますね。</p>



<p>とても仲良く付き合っている恋人Ａがいたとしましょう。きっとその人の好きなものをあなたも好きになるでしょう。Ａはバイクが好きだったとしましょう。するときっとあなたもバイクが好きになる。バイクに乗せてもらったり、一緒にツーリングに行くかもしれません。そのとき思い出すバイクの思い出はきっと楽しいことが多いでしょう。</p>



<p>ところが、その恋人と別れてしまったとしましょう。すると、バイクの思い出は、楽しいものというよりは、少々うれいを含んだものになるかもしれません。もちろん、あなたのバイク好きが高じて、Ａと一緒にいたときの思い出はうれいのあるものでも、ほかにたくさん楽しい思い出を作っているかもしれませんね。だから、バイクの思い出すべてがうれいのあるものになるかどうかはあなた次第でしょう。</p>



<p>それから何年もたって、ふとＡとのことを思い出すことがあるかもしれません。そのときの感情はどんなものでしょう？</p>



<p>もちろん人によって違いはあるでしょうけど、こんな風に変化したとしても不思議ではないですよね。</p>



<p>Ａと付き合っていたときは楽しかった思い出が、別れたばかりでは「嫌なこと」「悲しいこと」となり、それからしばらくして懐かしいこととして思い出すとき、また自分の感情が変化している。</p>



<p>つまり思い出は、思い出すときの状況や状態によって、少し違って見えるのです。</p>



<p>日記を毎日のように付けている人はきっと似た経験があると思います。ある出来事について、いま抱いている感情と、かつて感じた感情が違うことがあるということを。</p>



<p>「そんな違いを知ってどうするの？」とあなたは思うかもしれません。ところが、それを知るといいことがあるのです。それがどんなことかは、人によって違います。ここが説明のしにくいところです。しかも実際にそれを体験するまで、意味がわかりません。あえていうとするなら、「自分の心の声を聞きやすくなる」ということでしょう。</p>



<p>大人になればなるほど、いろんな常識の枠にとらわれるようになります。その枠に気づくためのステップのひとつが、過去と今の感覚の違いを知ることです。これを知るのはあまり簡単なことではありません。このようなことを深く知っていくことで、いつか自分がつけている、またはつけられてしまった枠に気づくようになるでしょう。</p>



<p>その枠は、「自分が誰か」を知るきっかけになるでしょう。</p>



<p>「自分が誰か」は、あなたが一番よく知っていると思いますが、内側に眠っている何かは、あなたが掘り起こさない限り誰にも見つけられません。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>互いに理解することは、簡単か難しいか</title>
		<link>http://www.healingwriting.com/blog/?p=440</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[yoji]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 30 Mar 2022 09:44:47 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エクササイズ]]></category>
		<category><![CDATA[言葉と私]]></category>
		<category><![CDATA[説明]]></category>
		<category><![CDATA[自動言語再生マシン]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.healingwriting.com/blog/?p=440</guid>

					<description><![CDATA[言葉と私025 僕は同居している相方とよく喧嘩します。本当に些細なことで喧嘩するのです。どんなことで喧嘩するのか、ここに書こうかと思いましたけど、あまりにも些細なことなので書いてもなぜそれが喧嘩に発展するのか理解してもら&#8230; <br> <a class="read-more" href="http://www.healingwriting.com/blog/?p=440">もっと読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h6 class="wp-block-heading">言葉と私025</h6>



<p>僕は同居している相方とよく喧嘩します。本当に些細なことで喧嘩するのです。どんなことで喧嘩するのか、ここに書こうかと思いましたけど、あまりにも些細なことなので書いてもなぜそれが喧嘩に発展するのか理解してもらうのに苦労しそうなのでやめておきます。</p>



<p>だから、僕たちは互いに理解し合うのが難しいと感じてしまいます。だけど不思議なのは、同居する前はよくわかり合っていたと思っていたのです。僕がしようとしていたことを言い当てられたり、相方のしようとしていることを察知して、前もってその準備をしてあげたりしていました。そんな２人だったから同居したのです。</p>



<p>よくわかり合っていたはずの２人が、どうしてわかり合えなくなったのでしょう？　僕はこう思っています。</p>



<p>違いを見つけて楽しんでいる。または、さらに深い理解を求めている。</p>



<p>ふたりがまったく一緒だとつまらないのです。ふたりが別であるために生まれるコミュニケーションややりとりを楽しんでいるのです。効率という点では悪いことのように感じるかもしれませんが、違う意見や感じ方を持つことで、自分ひとりでは持ちようがない可能性を作る機会が生まれるのです。そのための喧嘩というクリエイションが始まるのです。</p>



<p>たとえば僕がコーヒーを飲みたいとしましょう。「コーヒーを淹れるけど飲む？」と相方に聞きます。たいていは「飲む」と返事が来ます。でもときどき違う答えが来ることがある。</p>



<p>「紅茶が飲みたい」</p>



<p>それに対してなんと返事をするか。たいていの場合、僕がコーヒーを飲みたいのでついでに淹れてあげようかというつもりで聞いているので、なぜ「紅茶が飲みたい」なんて答えが返ってくるのか不思議に思うので、その理由を聞きます。</p>



<p></p>



<p>「なんで紅茶なの？」</p>



<p>このときに「なんで僕がコーヒーを飲みたいのに紅茶なんて答えをするんだ」という思いがあると声色に怒りの感情が混ざったりします。だけど、相方の意見は尊重したいと思っているからこそ、「なぜだ」という思いが募ります。相方はそれを敏感に嗅ぎ取ります。</p>



<p>「だったらコーヒーでいい」</p>



<p>そう答えられるとせっかく意に添うように工夫しようと思っていた僕の思いが挫かれてしまうので、さらに腹立たしく思います。僕の内側にあったいくつかの思いを言語化するとこうです。</p>



<p>1.僕はコーヒーを飲みたい。</p>



<p>2.相方の希望は叶えたい。</p>



<p>3.両方作るか？</p>



<p>4.でも、どちらか一方にまとめられるならまとめたい。</p>



<p>5.僕が紅茶を飲むか？</p>



<p>この５つの思いを抱えていたところに、「だったらコーヒーでいい」と言われると、1.は叶いますが、2.3.4.5.の思いが挫かれるので腹が立つのです。そのときにこの5つの選択肢についてきちんと説明できればいいのですが、とっさにそう簡単には説明できません。自分の内側にある思いはすべて言語化されているわけではないのです。この5つの答えの代わりにたいていこんなふうに答えてしまいます。</p>



<p>「僕はなぜ紅茶が飲みたいのか聞いているんだから、『だったらコーヒーでいい』なんてぞんざいな答えではなく、きちんと考えてよ」</p>



<p>こんな答えを少々いらだった雰囲気で伝えると、相手もいらだった雰囲気で「コーヒーでいいんだからコーヒー淹れてよ」というような答えになります。面倒なふたりです。このときに僕はあの5つの選択肢の迷いについて伝え、相方は「余裕があるなら紅茶が飲みたいけど、時間がないならコーヒーでもうれしい」と言ったら、何も問題はありません。あとで冷静になればこうして考えられるのですが、仕事の途中で頭がいっぱいのところに「紅茶が飲みたい」などという答えが返ってくると、このようなわだちに添って行きそうです。自分がいかに自動言語再生マシンかがよくわかります。</p>



<p>つまり、僕は相方と一緒にいることで、自分が自動言語再生マシンであることに直面するのです。相方と一緒にいることでいい修行ができます。おかげさまです。</p>



<p>自動言語再生マシンというのは、あまり考えもせずに言葉を選ぶことを揶揄してこう言っています。</p>



<p>理解は浅い理解から、深い理解までいろいろとあります。浅い理解なら簡単にできますけど、深い理解にはそれなりに時間や手間がかかるでしょう。相手のことを理解するのは大切なことです。でも、自分のことを理解するのはもっと大切かもしれません。</p>



<p>自分のことを理解するためのエクササイズをひとつ紹介いたします。それは自分史を書くことです。第二章で詳しく扱いますが、ここでは簡単に「幼い頃の思い出」について書いてみましょう。</p>



<blockquote class="wp-block-quote"><p>エクササイズ1-13</p><cite>「幼い頃の思い出」をタイトルとした文章を書いてください。まずは文章のデッサンの方法で書き、その後多少の推敲を加えて完成させなさい。(制限時間なし)</cite></blockquote>



<p>書き終えたら、ずっと下を読んでください。</p>



<p><br><br></p>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" loading="lazy" width="175" height="1024" src="http://www.healingwriting.com/blog/wp-content/uploads/2019/04/blanc3000-175x1024.jpg" alt="" class="wp-image-240" srcset="http://www.healingwriting.com/blog/wp-content/uploads/2019/04/blanc3000-175x1024.jpg 175w, http://www.healingwriting.com/blog/wp-content/uploads/2019/04/blanc3000.jpg 512w" sizes="(max-width: 175px) 100vw, 175px" /></figure>



<p>どんな「幼い頃の思い出」を書いたのでしょうか？　きっと思い出はたくさんあります。また何か思い出したら、気が向いたら、書きたいなと思ったら、書いてみて下さい。</p>



<p>思い出を書くことについての詳細は第二章「自分史を書く」に詳しく書いていく予定です。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>言葉は誤解を与える</title>
		<link>http://www.healingwriting.com/blog/?p=416</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[yoji]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 16 Sep 2020 06:54:12 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[言葉と私]]></category>
		<category><![CDATA[説明]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.healingwriting.com/blog/?p=416</guid>

					<description><![CDATA[言葉と私024 高校3年の時、模試を受けました。 一緒に受けたクラスメイトがとても高い点を取り、志望大学の合格確率は90%、そしてこんなコメントが採点表に書かれていました。 「○○大学にはほぼ確実に合格します。もっと高い&#8230; <br> <a class="read-more" href="http://www.healingwriting.com/blog/?p=416">もっと読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h6 class="wp-block-heading">言葉と私024</h6>



<p>高校3年の時、模試を受けました。<br> 一緒に受けたクラスメイトがとても高い点を取り、志望大学の合格確率は90%、そしてこんなコメントが採点表に書かれていました。<br> 「○○大学にはほぼ確実に合格します。もっと高いレベルの大学も視野に入れてください」<br> 彼はとても喜んでいたので、それを僕に見せてくれました。<br> 僕はこう言いました。<br> 「これ以上いい言葉はきっともらえないね」<br> そしたら、彼は怒り出しました。<br> 僕はすぐに理解しました。<br> 「これ以上どんなにいい点を取っても、このコメント以上にいい言葉は、採点用のコンピューターからは出てこないという意味だよ」<br> 彼の怒りは鎮まりました。<br> 彼は「これ以上いい点を君は取れない」という意味に捉えていたのです。<br> 互いに大学に入ろうと切磋琢磨しているという背景が生み出した誤解と言えるでしょう。</p>



<p><br> 同様に、自分が意図していない意味が相手に受け取られるということが往々にして起こります。<br> それは、ある程度仕方のないことです。<br> クラスメイトのようにその場で怒ってくれれば、誤解を解く機会が与えられますが、ただ黙って話を聞かれてしまいますと、誤解されたままになってしまいます。<br> なぜ「こんなことを言うんだろう？」と思うような言葉を聞いたとき、「それはこういう意味ですか？」と聞くようにしましょう。<br> 相手の言った言葉を、自分が間違って解釈しているかもしれません。<br> そう聞くことで、相手は間違った解釈を訂正する機会を得ることができます。</p>



<p><br> 自分が言ったことに対して相手が間違った解釈をして、そのことに何も言われないと、間違った解釈が相手に残ることになります。<br> そのようなことがないように、自分から発する言葉は注意しましょう。<br> こういう恐れがあるからといって、何も言わなくなるのはもったいないことです。<br> では、言葉を発するとき、どんな注意をするといいのでしょうか？<br> まずは相手の反応を繊細にうかがうことです。<br> 間違った解釈をしてしまったとき、自分を守るために相手を攻撃するようなことを言う人がいます。<br> それは不必要な争いを生んでしまうのでやめましょう。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
